MAMA ALWAYS TOLD ME(3)

ALBERT KINGがお気に入りだったよね。
歌ってくれたのは子守歌じゃなくて「TELL ME WHAT TRUE LOVE IS」。
だからさ。僕の生活が何から何まで、ハードボイルドでブルースなのは。

****************************************************

大慌てで東京へ帰る道中は、本当に悪夢のようだった。
何しろとにかく焦っていて、右足も左足も右手も左手も、
四肢の全てが同時に前へ前へと行きたがるもんだから、気持ちばかりが先走って、
肝心の体はちっとも前進しなかった。
そんなわけでもがきながら病院にたどり着いたのは、23時前後だったと思う。

「言ってみれば、純粋に奇跡ですね。」
救急で運ばれた国立医療センターの脳外科医も整形外科医も、そう口を揃えた。
裏庭の藪の枝を処理しようとしていた母は、誤って深さ2m強の用水路に頭から転落した。
用水路と言っても水は殆ど流れていなくて、それは言ってみればコンクリートの側溝。
とっさに体をかばった左腕は、一発で前腕部が砕けた。
が、代わりにその左腕とほぼ同時に接地したと見られる頭部の内出血は、
精密検査の結果、完全な治癒が見込めるごく軽いものであった。

「お母様くらいの年齢の方ですと、脳なり頭蓋骨に大きな損傷があるのが、まぁ普通です。
 命を落としていても不思議ではありません。
 骨折に関しては重傷ですが、それ以外では本当に不幸中の幸いでした。」
整形外科の若い女医は、「本当にツイてましたね。」と今にもうっかりこぼしそうだった。
怪我の状況と今後の治療に関して簡単な説明を受けた後、
僕は暗い廊下を集中治療室へ急いだ。
命に別状がないと分かっても、顔を見るまでは心配だったのだ。

****************************************************

「女の言うことは、聞きなさい。」
それが僕に授けてくれたあなたの哲学だった。
でも、怒らないで聞いて欲しい。
その一言が頭に残っているばっかりに、僕の人生はタフでキツイのだと思う。

****************************************************

ICUエリアに入ると、夜も深い時間にもかかわらず他の患者さん達のうめき声とか
助けを求める声が、医療機器の色々な電子音に混じってあちこちから聞こえてきた。
僕の緊張を察した看護士さんが、
「お母様は何か急な変化があった時に備えて、一応ICUに入っていますけれども、
 意識も感覚もとても明瞭でしたよ。今はゆっくりとお休みになってます。」
と教えてくれた。

促されて入ったユニットの中で、確かに母は軽い寝息を立てて眠っていた。
折れた左腕は既に石膏で固められていたし、頭部は包帯でぐるぐる巻きになっていた。
脳内出血の影響かなにか分からないけど、両方の瞼がもの凄く腫れていて
その大福みたいに腫れた瞼が、母から視力を奪っていた。
それらの傷の一つ一つが、転落の衝撃の凄さを無言のうちに教えてくれた。
僕の記憶の中で、そんなふうに痛々しい母の姿を見るのは、初めてのことだったから、
なんだかとてもやるせない気持ちになって、思わず折れていない母の右手を握った。

最後に母の手を握ったのがいつなのかなんて、全然憶えていない。
でも、幼い頃に手をつないだ時、確かに握りきれなかった母の右手は、
いつの間にか僕の両手にすっぽりと収まるようになっていて、
当たり前ではあるのだが、何故かふと寂しい気持ちになった。

****************************************************

宿題はもう済ませたのかい?明日の支度はしたのかい?
忘れ物はないのかい?洗濯物は全部出したかい?
うっとうしいお節介も、愛があるから素敵に見えるよ。本当さ。
でも・・・

****************************************************

「なぁ、母さん。
 こんなひでぇ格好になっちゃってどうすんだよ。かつての美人が台無しじゃねぇか。
 もう年なんだからあんまり無茶してくれるなよ。
 働き者の嫁だっているし、藪の枝なんか俺が休みの日に山ほど処理するからさ。
 頼むから、金輪際藪の近所は歩かないでくれよな。
 ・・・ともかく、本当に無事で安心したよ。」

手を取りながらそう心の中で呟いた時、眠っていたはずの母が目を閉じたまま口を開いた。
「きゅびかい?」
僕はびっくりしていると、
「目が開かなくてよく分からないんだよ。ゴメンね、心配かけちゃって」
と言った。驚いたことに、母は気配で僕だと気づいたのだった。
頭を強打したものの、大事に至らずに済んで良かったと伝えようとすると、
母はそれを遮ってこんな事を言いだした。

「お前、今日は現場だったんだろ?
 こっちに来ちゃって大丈夫なのかい?
 自分がアタマになって人を何人も連れて行ってるんだろ?
 男なんだから、仕事に背中向けて穴空けるようなことしちゃいけないよ。」

これだから僕は母が苦手なのだ。
40にもなろうかといういっぱしの男が、何が悲しくて包帯でぐるぐる巻きにされて、
目も見えず片腕がへし折れて集中治療室に入ってる高齢者に、心配されなきゃいけないのだ。
ハードボイルドもへったくれもあったもんじゃない。

「なぁ、母さん。俺は大丈夫だから。
 そんなことよりちょっとは自分の体の心配したほうがい・・・」
「何言ってんだい。
 お前、ちゃんと晩ご飯は食べたんだろうね?
 今食べるものが10年後の自分の体を作るんだから、
 きちんと栄養のあるものをしっかり食べないとダメなんだよ。
 ちょっと。聞いてるのかい?」

聞いてるもクソもない。
嬉しいのと悔しいのと情けない気分がごっちゃになって、
僕は深夜の集中治療室で、笑いながら泣いた。

************************************************

でも、俺のパンツやら靴下に名前をデカデカと書くのは、
頼むから勘弁してくれ。 
[PR]
Commented by ☆ふーが at 2007-12-05 23:55 x
不幸中の幸い・・・ご無事でなによりでしたね。。読ませていただいていて 涙がこぼれました。
Commented by makayo at 2007-12-06 00:30 x
いや~ このシリーズの(2)から読んでたもんで。^^*
今さっき、(1)を読んで 「えぇ?!!」 って心配してドキドキして、
あわてて ココへきて読んで。。。 ホッとしたところです。

私も。 嬉しくて泣いた。 きゅびと一緒に

本当にステキなお母様だわ・・ ファンになってしまいました*^^  お大事に♪
Commented by ぷりん at 2007-12-06 06:43 x
楽しく読ませていただきました。下手な小説よりはるかに読みやすく・・・お気に入り登録させていただきます。
私も先日母が入院しましたが、母親って、一度なると一生母親なんですね(^^)。
大手術後、麻酔から覚めかかった母の最初の一言は姉に向けて「あんた、ちゃんと健康診断受けて来たの?」でした。もちろん姉は涙モノでしたよ。
Commented by 大阪 ケン at 2007-12-06 08:26 x
命があって ほんとに良かった・・でも 痛そうだなあ・・お母様。
親子はどんな時だって 上下関係は崩れない方がいいのです。時々 勘違いした馬鹿な子供が エラソ~に親に何か言っているのを見かけますが・・あれは 間違い。
大怪我したって 心配してくれる・・そんな母に私も また会いたいなあ。お大事に!
Commented by あんこ at 2007-12-06 11:08 x
良かったぁ~~
手のぬくもり。。。。いいよね。。。。。

あんこの父は、最後の日。。。握ってもさすっても、あったかくならなかった。。。
どんどん、冷たくなっていった感触が、10年たっても、忘れれない。。。
Commented by ふた at 2007-12-06 11:24 x
うーん、母親はどんな時でも母親だね。オシムもそう言えば・・・・。

大事に至らずに何よりです。そんな俺は、今晩からソウル(T.T)/~
で、へたすりゃ?明日帰ってきます。
Commented by きちちみ at 2007-12-06 11:26 x
何はともあれ、ご無事でよかった。
前書きを何も考えずに読ませてもらって、(1)を読んで驚き、(2)の回想でうろたえ、
読み直す前書きが妙に意味深に思えたりして・・・
大方の読者と同じように「ここに書いてるってことは、ご無事なんだろう」と信じつつも、
怖くて何も書き残せませんでした。
母親は一生母親なんですよね。

最後の一行がGood!
うちの母にも、「いつまでわしのことを食べ盛りと思ってんの!?」と言いつづけてます。
Commented by きゅび at 2007-12-07 01:57 x
■ふーがさん
 本当に、不幸中の幸いでした。
 僕でさえあの高さで頭から落っこちたら、生きてるかどうか分かりません。
■makayoさん
 僕の涙には、悔しさとか情けなさのエッセンスが混ざっているところが味噌ですw
 いやぁ、ご心配おかけしまして、どうもすみません^^;
 ちなみに、「5月の目次」→「著者近影」で、アフロ寸前の母子の写真が拝めます。
■ぷりんさん
 はじめまして(*- -)(*_ _)ペコリ  
 ご丁寧なコメントに加えて、身に余る賛辞まで頂きまして、恐縮です。
 ご覧の通り、割と字が多めのブログですが、ぜひともまたお越し下さいませ。
 当ブログでは、リピーターの方を熱く歓迎しております(。-∀-)ニヒ♪
 後ほど僕もご挨拶に伺いますね^^
Commented by きゅび at 2007-12-07 02:16 x
■大阪ケンさん
 ご心配いただきまして、本当にスミマセン。
 母は既に退院しておりまして、止めるのも聞かずバリバリ活動し、
 身内のものをヒヤヒヤさせております。
 正直、もう少し入院していてくれていた方が安心でしたよ><;;
■あんこさん
 ツライ思い出を呼び起こさせてしまってスミマセン><;;
 頂いたコメントにあるように、10年経とうが何年経とうが、
 あんこさんのお父さんはいつまでも あんこさんのお父さんなんですよね。
■ふたさん
 ( ̄ロ ̄;)大忙しだね;;;
 レイシックの術後はいかがですか?
 ソウルで焼き肉の煙が悪影響を及ぼさぬ事を祈ります(* ̄ー ̄)
■きとちみ(きちちみ???)さん
 どんさんの所では「きちとみ」さんになってましたよ^^;;
 年末でお疲れのようですな(ノ∀`*)ペチッ
 それはともかくとして、きとちみさんの最後の一行も相当クールです!!
 
Commented by スシファイ at 2007-12-08 23:56 x
あれ?(3)で終わり?
ところで育ての親って???俺の知ってる人の方なのか(;・ロ・)
Commented by きゅび at 2007-12-10 00:27 x
■スシファイさん
 ひとまずね^^
 母の骨折の件で、関連する話はまだあるんだけど、げんざい考えをまとめ中ですよ。
 育ての親は、まぁ、そう言うことになるね^^;
Commented by スシファイ at 2007-12-10 20:12 x
いやーーー、うすうす聞いたことあるんだが、とんたとかに聞いても知らなかったからサー。「なんのこっちゃ」くらいに思ってたよ。
Commented by ふた at 2007-12-11 11:21 x
木曜の夜中にホテルを探してビールを飲んで寝てしまい、6時半には起床し
仕事開始。全ての用事を済ませたのが3時半過ぎ。そこから帰国の準備。
結局、石焼ビビンバを食べて、カニのキムチを買って帰ってくるのがやっとだったよ。
Commented by きゅび at 2007-12-11 23:54 x
■スシファイさん
 ( ゚∀゚)・∵,ブッ!! まぁ、無事に成長したわけだし、あまり問題視しない性格ってのも
 手伝って、今日に至ってるわけだね^^;
■ふたさん
 おおっ!やはり帰国していたんだ!大忙しだねぇ^^;
 それにしても、カニのキムチってすごいな!何だかもったいないような気がするw
Commented by 高摂。 at 2007-12-13 00:56 x
何度も読み、どうコメントしようかと考えましたが、自分の器よりデカいことは書けませんわぁw
すんごくズレてて、どこまでスライドしてんだよ、ってことを書きます。
きゅびさんの文章って、他ブログよりもヨリ「どう見せるか」について考えを巡らせた、物語性の強いものだと思うんですよ。そんなこと指摘するのもナンですが。
物語って、決してイコール虚構、ってもんじゃないですよね。同じことが起こったとしても、語り手によってそれがどんな物語なのか、テイストが全く違ってしまいます。 
あー、どうせ物語るのならば、上等に物語りたいものだと思わされましたよ。自分が切り貼りした世界が、どうしようもなくじめじめしててしょぼくれてたり、誰もお誘いできない独り言みたいだったら嫌ですもの。
Commented by きゅび at 2007-12-15 02:20 x
■高摂。さん
 よーく、分かります!僕にとって、料理は愛です。ですから、自分で料理する時は
 美味しく食べてもらいたい。だから素材も選ぶし、調味料やら器やらもこだわります。
 全ては、大好きな人に美味しく食べてもらいたいから。
 僕にとっては、このブログって奴も、一緒なんです。
 多分、高摂。さんも同じだと思い込んでます^^
 ともかく、そんなにずれて無くて、そんなにスライドしてません^^
 
Commented by ルドーテ at 2008-01-16 19:40 x
母とはそういうものなのでしょう。
何年握っていない息子の手だって、その骨格と肉付きと体温でわかる。
目が開けられなくても、その匂いでわが子だと知る。

駆けつけてきてくれた息子に思いがけず手を取られて
憎まれ口でもたたいてなければ
きっと涙が溢れそうだったはずです。

コメント、ありがとうございました。
Commented by きゅび at 2008-01-21 23:40 x
■ルドーテさん
 わざわざ律儀にコメントをしてくださって、ありがとうございます。
 たまたま通りがかっただけだったんですけれど、何となく読み進む内に
 たくさんの記事を読んじゃいましたよ^^;
by hinemosunorari | 2007-12-05 23:05 | 日々のよしなしごと | Comments(18)

洒落と知性と愛そして無駄の織りなすブルース。


by きゅび
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31