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瞬間

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晩秋。仕事を終えた23時30分の駐車場。
夜空を見上げると、冷たい雨が静かに降っていた。
朝、出がけに嫁と口論をして、怒りにまかせて勢いよく家を飛び出したので、
傘など持っていなかった。

駐車場から自宅までは駒沢公園の中を通り抜け、10分ほどの道のり。
ちょっとの間どうしたものかと考えたが、濡れるのも構わずに雨の中を歩き出した。
雨が広葉樹の葉を叩く音しか聞こえない夜の公園。
なんだか僕ひとりの貸し切りみたいで、歩くのが気持ちよかった。

*********************************************

お恥ずかしい話ではあるのだが、我が家では僕と嫁の抗争が頻繁に勃発する。
原因?そんなものは腐るほどある。
歴史・政治・育児・文学・教育・人権などの諸問題に対する、
認識や考え方の違いに端を発することもあれば、
発したギャグが面白いとか面白くないとか、すれ違いざまに肩が当たったとか当たらなかったとか、
当事者が切腹したくなるほどあまりにも下らない理由に起因することもある。
・・・いや、むしろこっちの方が多い。

僕は「温厚な文化人」の仮面をかぶった「野蛮で粗暴な体育会育ち」だから、
1言われると10言い返さなくては気が済まない。
また嫁も嫁で、「素朴で純真なか弱き津軽乙女」の仮面をかぶった
「粗雑で無遠慮で負けん気の強いねーちゃん」だから、
10言われるとざっと100くらい言い返さないと気が済まない。
冷静に分析するに、我が家が今日まで血で血を洗う凄惨な修羅場にならなかったのは、
全くもってただの奇跡である。

ただ、僕も嫁も大変物忘れがよろしいので、ケンカしながらケンカしたことは
サッパリ忘れるという特筆すべき習性を持っている。
同じ轍を踏むという学習能力の無さはとても嘆かわしいのだが、
「スカッとさわやかコカコーラ」の如く後腐れがないのは、
実は堂々と威張れるところでもある。

ところで数週間前の話。
「ね、もしも俺が交通事故とかさ、過労死とかでさ、
 パタッといなくなっちゃったら、どうする?」
居間でゴロゴロしながら何の意味もなく、同様にゴロゴロしている嫁に聞いてみた。

「がっはっは!
 きゅびがいなくなったら、この家は私のもんでしょ?
 保険金もがっぽり転がり込んでくるし、左うちわでのびのび暮らすかしらね?」
なんていう太い答えを予想していたら、嫁の回答は
「そうねぇ・・・。
 きゅびがいないんじゃ、東京には何の未練もないのよね。
 この家はきゅび母のパン教室用にお義母さんに渡して、
 私は颯ちゃん連れて青森の田舎でパン屋さんでもやろうかしらね。」
という、非常にしおらしいものであった。

想像以上のしおらしさに、僕は酸欠の金魚の如く口をパクパクしてしまったワケなのだが、
嫁の一年に2回か3回見せるそんなしおらしい側面が、
僕には何だか無条件に可愛らしく見えたりするのである。
シャクな話だ。

そう言えば、この日のケンカの原因は嫁が無遠慮に吐いた一言の台詞に起因する。
「あー、疲れた疲れた。
 あたし、今日は休養日にするから、あとのことはヨロシクね。」
紅葉見物のお気楽京都旅行から帰ってきた翌日に、嫁はそう言った。
僕はといえば、不眠不休の多忙な20日間がようやく終わった直後である。

たまらずに僕は堪忍袋の緒を切って、封印していた江戸弁でまくし立てた。
「バッキャロー!ずいぶん偉くなったじゃねぇか!
 この数週間、俺がどれほど大変な修羅場を越えてきたか知らぬお前ぇじゃあるめぇ。
 その労をねぎらいもしねぇうちから、よくぞそんな口が利けたもんだ!」
朝は、つい口走ってしまった。
こうして雨に頭を冷やされながら思い返してみると、まさに反省の極みである。

僕は仕事に精を出せば、それを評価してくれる人もいるし、休暇を取ることも出来る。
だが、嫁は・・・。
子育てに休日などあるはずもない上に、ツアーで家を留守にしがちな僕は
嫁に多くの負担をかけていることは、火を見るより明らかだ。
しかも、そんな嫁の苦労を汲み取ってやって、正しく評価してあげられるのは、
世の中に僕しかいないというのに・・・。

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一人夜道で深い深い反省の気持ちが頂点に達したとき、僕はハタと足を止めた。
忙しくて忘れていたが、雨の冷たさが思い出させてくれた。
「あ。もうすぐあの日が近づいてるじゃねぇか。 よし、遠回りして帰ろう!」
あの日というのは、あの日なワケで、ちょっと僕にはワケありの日なのだ。
それがどんな日か、これを書いている段階では知る人はいない。
ふふふ。今のところ、僕だけの秘密。

そして日付が変わろうかという頃、傘のない僕はずぶ濡れになりながら、
公園のバスケットボールコートにいた。
ここが、ずぶ濡れ遠回りの目的地。
僕は雨に打たれながら、コートを見下ろせる階段に腰を下ろして、
しばらくじっとコートを眺めた。

僕が見る先のコートでは、12年前の僕がたった一人でシュート練習をしていた。
雨じゃなかったけど、こんな風に肌寒い夜中だった。
そして何よりも大事なのは、それを僕が今座っている場所からこんな風に、
12年前の嫁が見ていたこと。
そう。12年前の11月25日の真夜中に、僕等は偶然この場所で出会った。

僕は運命論者ではないから、大げさなことは言わないし、大げさに事を考えない。
でも、あの日、あの瞬間。

「どうしてこんな夜中に一人でバスケットやってるんですか?」

そう彼女が話しかけてこなかったら・・・。
もしもあの瞬間がなかったら、僕の人生は今とは全然違うものになっていた。
そう考えると、奇跡を起こしたあの瞬間に感謝せずにはいられない。

嫁には未だに打ち明けていないのだが、実は結婚してからというもの、
僕はなるべくこの日に近い真夜中に、ここを訪れている。
ひっそりと出会えた奇跡に感謝する為に。
え?仲良く二人で来ればいいじゃんですって?
そりゃ、ダメ。絶対に、ダメ。
感謝するときは一人でじゅうぶん。
だってさ、二人でそんな事しようとしたら、絶対にケンカになるに決まってるから。

・・・そんなわけで、きゅび嫁さん。これからもヨロシクお願いします♪
Commented by もも。 at 2006-11-26 09:28 x
(●´∀)ノノ""きゃー♡ ステキな出会いをお聞きしちゃったぁぁぁ♡♡
何でもそうですけど、ことに恋愛は、出会ったときのドキドキの気持ちや、
出会えた運命に感謝した気持ちを、忘れちゃいけないなって・・・・
こういう暖かいお話を聞くと、オモイマスね('ω')ジッ
Commented by あんこ at 2006-11-26 09:30 x
愛してるんだ・・・・なんか、出会いもほんと運命的で・・・・
あたしには、そんないい過去はないな~旦那に対して、感謝することも忘れてる・・・
ちと、反省・・・・・でもね~・・・・現実は・・・厳しい我が家・・・・
Commented by 高摂 at 2006-11-26 14:18 x
意外や意外、いい話を聞いてしまいました。
お二人の関係が色あせないでいられるのは何故なんでしょう。
言いたいことを言ってしまう無遠慮さと、それを反省する慎み深さの間を何度も往復しているのがいいのかも…
Commented by アルピニア at 2006-11-26 19:50 x
きゅびさんの愛が伝わってくる記事ですね♪ 
何だかこの記事を読んでいたら、自分がダンナと出会った頃を思い出しちゃいました^^
これからも喧嘩しながらもきゅび嫁さまを大事にしてあげてくださいね!
Commented by ☆ふーが at 2006-11-26 22:54 x
素敵なお話ですね。。。きゅびさんの奥様に対する愛情の深さが、伝わる記事でした。 ごちそう様でした(⌒-⌒)ニコッ
Commented by hagumi at 2006-11-26 23:52 x
とってもいいお話♥やっぱりロマンチストなんだねぇきゅびさん^^
私が初めて旦那と出会った時、私が旦那に対して発した言葉は
「何で金髪なん?」でした。当時、金髪だったんです。ウチの旦那様・・・
まぁそれなりに似合ってたんですけど、出会った当時は彼は28歳でしたしね
その歳で立派な社会人が金髪だったら、一体何やってる人なのか気になりますでしょ?
いたって普通の人でしたけどね^^
Commented by きゅび at 2006-11-27 01:08 x
■もも。さん
 そうなんですよ!それでも、抗争がひとたび勃発すると、お互いに全力で罵りあう
 そんな間柄なんですけれども^^;;;
■あんこさん
 我が家だって負けないくらい厳しいですよ^^;
 要は例えゆっくりでも前進することです^^。破壊と再生の繰り返し・・・・
 僕の中に芽生えた夫婦論です^^
■高摂さん
 年に2,3回という、やや出し惜しみ気味なペースが鍵を握ってます。
 コートのポケットのおにぎりの逸話、思い出しませんか?
 程良いタイミングでの程良い刺激。これが重要なのだと勉強させられました。
■アルピニアさん
 ありがとう!ケンカは必需品なのですね^^;
 それにしても、今度都内で「愛について語る」ミーティングでも開きますか?
 熱いトークバトルになりそうです^^
■ふーがさん
 犬も食わぬ痴話喧嘩から、こんなおのろけ話まで手広く引き受けてくださって、
 本当に有り難うございます^^
 ふーがさんにとっての「瞬間」は一体どんなものなのでしょう?
 是非ともインタビューしてみたいものです^^
■hagumiさん
 花も恥じらう37歳の歩くロマンチックこと、きゅびです。
 金髪だって良いじゃないですか^^
 それが元で二人の会話が弾んで結婚まで言ったというのなら
 こんなに素晴らしい金髪はありませんよ^^
Commented by mai at 2006-11-27 10:15 x
けんかするほど仲がいいって言いますよね^^
きゅびさんは、ロマンチストでもあるわけですね。。。
Commented by きゅび at 2006-11-27 11:07 x
■maiさん
 そう改まっていわれてしまうと、めっきりロマンチストでないような気がしてきます^^;
 どっこい、腐ってもロマンを枯らせ茶いけないと信じる37歳体育会系ブロガーです。
 ひとつ、よしなに!
Commented by 大阪 ケン at 2006-11-27 15:32 x
きゅびさんが どこまで行ってもお嫁さんに勝てない事は わかる。・・勝てるわけないよ~こんなに心をギュッと握られては!だから無駄な抵抗はやめなさい・・(笑)
Commented by きゅび at 2006-11-27 20:35 x
■大阪ケンさん
 無駄かどうかはやってみなけりゃ分からないじゃないですか!
 ・・・という、往生際の悪い僕なんです^^;
 いつ勝てるかもしれない挑戦は、きっとまだまだ続くと思います^^;;
Commented by アルピニア at 2006-11-27 21:20 x
「愛について語るミーティング」・・・っていう名目の飲み会ですか?? (* ̄m ̄)ぷぷっ
Commented by 夏草 at 2006-11-28 04:00 x
素敵なお話でした´ω`*あえて“ひとり”で その場所を訪れる・・・そのきゅびさんの可愛らしさに、今度は私が胸キュン でした…♪ごちそうさまです。
Commented by きゅび at 2006-11-28 12:21 x
■再び、アルピニアさん
 う、鋭いですね!!アルピニアさんとのサシの飲み会とかなったら、
 きっとドラム缶単位での酒が必要になるような気がしてきました^^こわっ!
■夏草さん
 ほほー。今でも「胸キュン」って使うんですねー。
 オリジナルは僕が中学生時代に流行していたような気がします^^;
 &お粗末さまでした^^
Commented by ゆちと at 2006-11-29 13:28 x
ドラマ化できそうな素敵な話じゃないですか!>口論シーンじゃないですよ
ひっそり一人で訪れるなんて、キャ(*ノノ) 妻の苦労もきちんと考えてもらえてるとは、いやぁ~涙モノです。いいご主人だぁ。
Commented by きゅび at 2006-11-30 12:43 x
■ゆちとさん
 万が一ドラマ化の折りには、版権料その他の収入は全て嫁のお財布に
 転がり込むようになっております。
 弱肉強食な我が家なのであります。
Commented by アルピニア at 2006-12-01 20:25 x
ドラム缶単位で酒が必要って・・・(-_-#)
ま、でも確かにそうかもしれないですけどww
Commented by きゅび at 2006-12-03 21:02 x
■三度、アルピニアさん
 昭和の酒飲みが二人も揃えば、きっと間違えないでしょうね^^
 あ、でも僕は「昭和の酒飲み」といっても、塩は舐めません。
 
Commented by アルピニア at 2006-12-03 22:57 x
私、以前にも申し上げたかと思いますが、「塩」よりも「山葵」の方が好みです♪
Commented by きゅび at 2006-12-04 01:53 x
■4度、アルピニアさん
 ( ゚∀゚)・∵. ガハッ!! 山葵ならば僕も乗っかれます!
 ・・・ともうしますか、塩→山葵。50歩100歩ではないでしょうか^^;
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by hinemosunorari | 2006-11-26 04:46 | 日々のよしなしごと | Comments(20)

洒落と知性と愛そして無駄の織りなすブルース。


by きゅび
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