紙飛行機の夢。

「あなたのことを嫌いになったわけじゃないの。
 今でも、これからも、ずっと好きよ。
 でもね、あなたと離れたくて、あたし北海道に進学を決めたの。
 わかって。ごめんなさいね。」

14年前の羽田空港の出発ロビー。
長い事一緒にいた彼女が泣きながらそう言って僕の元を離れたのも、
確かこうして桜が舞い散る頃だった。
その後は結婚して、とても幸せに暮らしていると風の噂で聞いていた。
僕が彼女に抱いた恋心は、宙ぶらりんのまま歳月に取り残された。

Kと言う彼女との出会いは高校時代まで遡る。
彼女は一つ年下。
満開の桜の下、僕とKは文化祭の実行委員会で出会った。
仲のいい二人はすぐに校内で噂になり、その秋に僕らは初めてキスした。
それも、確か大きな桜の木の下だった。

交際は長くなり、僕の青春時代の思い出の大半は、
彼女のシャンプーの香りと、笑い声と、良く一緒に飲んだダージリンティー。
僕にとって、彼女の姿のない思い出なんか無かったし、Kも同じだと思う。

高校を卒業しても僕たちはつきあい続けた。
5年か6年交際して、結婚も考えはじめた頃に、
多くの恋愛がそうあるように、僕らの恋愛も突然終わってしまった。

*******************************************

先日その彼女からの突然のメッセージが、僕の留守電に入っていた。

「会社で番号を教えてもらいました。
 忙しいところ、ごめんなさい。
 週末、土曜日の夜。良かったら一緒に食事でもしませんか?
 連絡、待ってます。」

記憶に残っているよりもそれは少し優しくて、でも確かに聞き覚えのある声。
いや、以前は毎日毎日聞いていた声。
昔の数え切れないほどの思い出が、むせ返るほど瞬時に胸の中に蘇った。
メッセージに残っていた番号を、すぐに手帳に記した。

本当は、すぐにでも会いたかった。
電話もしたかった。
でも、すぐに気がついた。
「俺、懐かしいから会いたいんじゃない。
 14年前に宙ぶらりんになったまんまなんだ。
 まだ、俺、Kの事好きなんだ。」
と。

36にもなって、こんな事で右往左往するとは、正直驚いた。
優しい嫁に相談したら、きっと
「会えばいいじゃん。
 会って二人で同窓会すればいいじゃん。」
と言うだろう。
実際は嫁には心配をかけたくないから、何も言っていない。

確かに、そうも思う。
でも、もう僕たちは一人じゃない。彼女にも僕にもそれぞれ家庭がある。
そしてなによりも、僕の気持ちは14年前に冷凍保存されて、
つい先ほど解凍された、ホヤホヤなことに問題があった。

不肖きゅび36歳。
自慢じゃないが、財布は薄いが情はあつい。
その上何よりも、惚れっぽい。
かつて愛した彼女と間違いを起こさぬ保証なんか、どこにもないのだ。

恥ずかしい話、こんな些細な事だが、相当苦しんだ。
「何で今頃急に連絡なんかよこすんだよ。
 しかも、なんでランチじゃねぇんだよ。」
格好良く、綺麗に別れたかったから
「辛い事があったら、いつでも連絡よこしな。
 俺の胸、お前の分くらいはいつだって空けて待ってるからさ。」
なんてほざいた我が口を呪った。
しかも、多少のプライドなどもあるから、
「あの、ランチタイムじゃダメですか?」
なんて、男として口が張り裂けても言えなかった。

辛い辛い一週間だった。
返事をしなかったから、なんどかKから電話も来た。
直接声を聞いたら、自分が弱ってしまいそうで、電話に出られなかった。

金曜日の夜。
気分転換をしに、スポーツクラブで汗を流す。
知り合いに、
「眉間にしわ寄ってるよ。
 何か考え事してんの?」
と言われる。
ポーカーが弱いのは何故だか、初めてわかった。
「うん。まぁ、ね。
 大丈夫。気にしちゃいねぇよ。」
なんて強がった素振りでも、瞳には愁いをたたえる。

この物憂げな表情は、難しい。
下手な男がやると、大体気味悪がって女性が遠ざかるか、
逆にバファリンとか整腸剤とか持ってきてくれたりする。
僕が得意とするダンディズムを伝えるのは、実はとても難儀な事なのだ。

話が逸れた。
で、そのジムの帰り道。
普段は歩かぬコースを通って、多摩川にかかる二子橋に出た。
考え事をずっとしていたので、どこをどう通ったかは記憶にない。
橋の真ん中で立ち止まり、川面を眺める事、しばし。

「流れていった川の水は、元に戻らないのが普通じゃねぇか。
 ごめんな、K。
 やっぱり俺、会えないよ。どうしても。」

そう独り言をこぼした。
ポケットから取り出した電話番号のメモ。
「大好きだよ。でも、さよならだ。」
そう言って僕はメモで紙飛行機を折って、橋の上から飛ばした。
鉄橋を渡る田園都市線の灯りと騒音の中、風に乗った紙飛行機は、
僕の苦い思い出をたっぷり積んだままどんどん僕から遠ざかって、
やがて水面に消えた。

****************************************

帰宅した僕を迎えてくれたのは、愛しの嫁だった。
彼女の微笑みはいつだって僕を癒してくれる。
「ただいまー。」
いつもと変わらぬ口調の中に、何か悲しみのトーンがある事を、
嫁は敏感に察知した。
僕が放つダンディズムを敏感に察知したというべきか。

恋は傷、愛は包帯・・・なんて、誰が言ったか知らないけど、よく言ったモンだ。
深く深く感謝しようとした矢先に嫁が言った。
「どうした?ハラ壊したの?」

                                えー、実話でございます。
Commented by アルピニア at 2006-04-02 22:40 x
そういう切ない気持ちって何かわかる気がします。
でも、今ある大事なものを見失わなかったきゅびさんは偉い!

てか、、、最後の嫁様のセリフ。。。。  
最高ですわ・・(≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!!
Commented by きゅび at 2006-04-02 23:13 x
■アルピニアさん
 苦い思い出でございますな。
 恋ってのは、未だに難しいでございます。
 あと、嫁の一言を聞いたときには、軽く殺意を覚えましたw
Commented by ☆ふーが at 2006-04-03 01:20 x
方丈記の冒頭を思い出しました。
Commented by もも。 at 2006-04-03 10:04 x
こころなしか、口調が九兵衛さんに見え・・・∥∀`)ニャハ

すてきな奥様ですね。 こうやって記事に出来ちゃうのがきゅびさんらしい純粋さのかもしれませんがww、そんなふうに、いつまでもそんなきゅびさんで居させてくれる奥様の偉大さを感じます。
紙飛行機とともに飛んでいった恋心・・・さみしいですが、
すぐそこに、たとえ紙飛行機であっても笑って一緒に乗ってくれる、愛する素敵な女性がいらっしゃるのですもの、しあわせですね❤
Commented by 大阪 ケン at 2006-04-03 10:04 x
おはようございます・・きゅびさんの優しさ辛さが胸にド~ンときました。私も高校時代から長くお付き合いした人がいましたが・・ある日を境に 連れ合いと結婚しました。何だかイロイロ考えてしまいました。私は 決して・・電話はしませんが・・。
Commented by きゅび at 2006-04-03 15:33 x
■ふーがさん
 ほ、方丈記・・・。あのくらーい感じのする奴ですか。
 鴨長明でしたっけ?
 暗さに耐え切れず、途中で投げ出した記憶があります・・・・。
■もも。さん
 ま、人物像のモデルですから。九兵衛にも似ますわな^^;
 女は愛嬌、男は度胸。なんて世の中言ったりするもんですけど、
 度胸だけじゃ世の中渡れません。僕流に付け加えるなら、
 「女は化粧、男は我慢。」に尽きますね。
 もちろんこの化粧ってのは、お金出して買う化粧じゃございませんよ^^
■大阪ケンさん
 不肖きゅび、痩せても枯れても男でござんす。
 今回とった行動は、決して褒められたもんじゃござんせんが、
 嫁もKも、誰も深く傷つけずに済んだと信じております。
 大阪さんに「優しさ辛さが胸にどーんと来た。」なんて言われると、
 正直てめぇで穴を掘って埋まりたい心境でござんすが、
 辛いことなんか、この桜を見てお酒をきゅっとあおれば、
 どうにかなるもんでございます。
 いやはや、全てお見通しのコメント、感服いたしますと同時に、
 感謝いたします。ありがとやんした。
Commented by シム・ at 2006-04-04 00:05 x
甘いスト~リ~ですなぁ~~(*´ェ`*)ポッ
なんかコメントに困ります照れ照れ(・ω・o)ゞ

シムが奥さんだったら嬉しい(*´▽`)(´▽`*)なぁ♪

甘く、淡いままでょろちん(p・∀・)人(・∀・q)
濃くなってしまったら、感動できなくなっちゃうから゚.+:。゙d(・ω・*)ネッ゚.+:。
Commented by きゅび at 2006-04-04 04:53 x
■シムさん
 わざわざコメントをありがとうございます^^
 甘いストーリーというか、当人にとっては
 苦くて切ないものでございます^^;
 初恋の思い出って、そんなもんじゃないですか?!
 世間一般では、どうなのでしょうか?
Commented by 大阪 ケン at 2006-04-04 19:14 x
コレ書いて・・帰らなかったきゅびさん!・・問題だ!・・ハハハ
奥様に平謝りなさいね。
Commented by きゅび at 2006-04-04 22:11 x
■大阪ケンさん
 へへーい。合点でございます。
Commented by アストラッド at 2006-04-06 22:15 x
わたしもね、あるのよ甘い思い出が・・・:.*.・。(*゚ー゚)(゚ー゚*)。・:*:・
思い出は美しいままがいいのよね。会ったらナマナマしくなっちゃう。
きゅびさんの選択は正しかったと思います^^
Commented by きゅび at 2006-04-06 22:54 x
■アストラッドさん
 ありがとう!!
 指から紙飛行機が離れた瞬間の感慨深さったら、なかったです^^
 もう、2度と会うことも電話することもないだろうなぁ。
 望んでそうしたんだもん。今と未来が大事!
Commented by meron33ninja at 2009-06-19 18:43
はじめまして。
先ほどはコメントありがとうございました。
なんだか 素敵な場所ですねぇ~
甘酸っぱい思いはもう枯れたおばさんには遠い昔過ぎて思いだすことも難しいですが・・・ いいですね 奥様!(○´艸`)
そして ワンちゃんと息子さんも可愛いなぁ~
少しずつ過去ログなど読ませていただきますね~   
Commented by hinemosunorari at 2009-06-20 10:49
■memeronさん
 ありがとうございます!エキサイトブログに引っ越してきて、はじめてちゃんとしたコメントを頂きました( ノД`)シクシク…
実はCURURUというブログサイトを使用していたのですが、閉鎖が決まって過去記事から順番にこちらに移行しているのですね。まだまだお恥ずかしい日常が山ほど眠っていたりします。
是非これからも遊びに来てやってくださいませ^^
Commented by meron33ninja at 2009-06-20 13:14
こちらこそ よろしくお願いいたします。
私もリンク頂いて帰りますね。では またきます~
by hinemosunorari | 2006-04-02 22:17 | 日々のよしなしごと | Comments(15)

洒落と知性と愛そして無駄の織りなすブルース。


by きゅび
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