江戸の町は、その時代時代を通じて、幾度となく大火災に見舞われてきました。
消防の組織も、城下町の普請も、その度に見直されて進歩しましたが、
火災の発生自体は防止できませんでした。
江戸の冬場は特に、乾燥した上に季節風が強く吹きますし、
暖を取ろうとすれば、火に頼らざるを得ない事情もありました。
加えて、120万人もの人口を木造家屋が収容しているのですから、
どれほど消防に力を入れても、火災は防げませんでした。
それほど多くの大火災が発生しているにもかかわらず、
「お七大火」だけは歌舞伎・浄瑠璃・文芸などで、数多く作品化されています。
一体なぜでしょう。
江戸時代の火災の原因の大半は、失火によるものでしたが、
放火が原因の場合も数多かったそうです。
動機は、怨恨や火事場泥棒を働くための放火がほとんどでした。
そんな時代背景にあって、純愛が動機の・・・まぁ、相当屈折していますが、
放火というのは、当時にあってはかなりセンセーショナルな事件だったのですね。
講義の冒頭で紹介したように、抑圧され続けてきた庶民たちの中で育ったのは、
「情」を基盤とした価値観でしたから、愛する人と一緒にいたい一心で、
死罪を覚悟のうえ犯罪に手を染めた17歳のお七は、
忌み嫌われるどころか同情を集め、大衆に受け入れられたのですね。
さて、そろそろ時間です。
最後に付け加えさせていただきますが、
放火は言うまでもなく犯罪であり、この講義はそれを推奨するものでは
決してありません。
ただ、江戸の活気ある経済・文化の発展は、
度々襲った大火災と切っても切れない縁にあったことも、確かな事実。
模倣犯が出る恐れがあったので、お七は厳しく断罪され、
彼女をめぐる調書も資料も全て抹殺されました。
故に、この「お七大火」はその被害の大きさに反して、
果たしてお七は実在したのかどうかさえ、確証は未だに得られず、
その全容は様々な作品を通して推測することしか出来ません。
お七の犯した罪は確かに大きいのですが、
生きていた事実さえ幕府という巨大組織に抹消されてしまうとなると、
私自身彼女に同情してしまいます。
お七の人を純粋に愛した側面に、出来ることなら光を当ててやりたい、
そんな気持ちになるのです。
お七の墓は実在するのですが、不自由な時代に生まれてしまった
八百屋の娘、お七の冥福を祈りながら、この講義を終えたいと思います。
***********************************
「なぁ、お安岐よ。聞こえるか?」
「はいはい、何ですか?お前さん。
あたしはここにちゃんといますよ。」
「あのな?颯之助はな?
その、やっぱりお前に似たんじゃないか?
自分で心に決めたことをやり抜くっていうのは、
なかなか出来るもんじゃないぞ。
あれは、どう考えてもオレの血じゃなくて、
お前の血だよ。」
「何を言ってるんですか。
血なんかどっちでもいいじゃありませんか。
颯之助はお前さんとあたしの子供ですよ。
惚れたお人にそう言われるのは、悪い気はしないですけどね。」
「なぁ、お安岐よ。」
「何です?お前さん。」
「その、、、ありがとうな。」
「何がです?」
「そ、そりゃあ、お前。色々さ。
、、、いや、あいつを助けてくれて。
、、、いや、あいつもこの九兵衛も助けてくれて、
本当に、ありがとうな。」
「どうしちゃったんです?急に。
照れちまうじゃないですか。
あたしは、お前さんにも颯之助にも大切にされて、
もういつ死んでもいいくらい、とっても幸せなんですよ。」
「何言ってやがる、あの世にいるくせに。」
「ね、お前さん?一つお願い事を聞いてくれますか?」
「ど、どうした改まって。
何でも言ってみろ。」
「あのね、、、、」
「ちょっと待て!
先に言っとくが、出来ることと出来ないことがあるからな。
それを承知したら、先に進んでくれ。」
「あのね、お前さん。
お前さんがそっちにいる間にね、
颯之助のことたくさんたくさん、抱いてやってほしいの。
あたしの分もよ。
それでね、いつか時が来たら、
お前さんがこっちに来るでしょ?
そしたらね、その腕で、
颯之助を抱きしめたその腕で、
今度はあたしを抱いてくれる?」
「・・・・・・・。
お安岐。
お前も颯之助も、この九兵衛が賜った、この世で最高の宝物だぞ。
許されるなら、江戸のお城に登って、大声で叫びたい気分だ。」
「あら、なんて叫ぶのかしら?」
「・・・・・・。
ば、ばか。そんなこと恥ずかしくていえぬ。」
「だって、叫ぶんだったら一緒じゃないですか。
教えてくださいよ、お前さん。」
「そ、それもそうだが・・・。」
「さ、はやく。」
「なんて叫ぶかなんて、決まってるじゃないか。
江戸のお城から天下に向かって、こう叫ぶんだ。
”つかまつったり、天下一!”ってな。」
おしまい。
消防の組織も、城下町の普請も、その度に見直されて進歩しましたが、
火災の発生自体は防止できませんでした。
江戸の冬場は特に、乾燥した上に季節風が強く吹きますし、
暖を取ろうとすれば、火に頼らざるを得ない事情もありました。
加えて、120万人もの人口を木造家屋が収容しているのですから、
どれほど消防に力を入れても、火災は防げませんでした。
それほど多くの大火災が発生しているにもかかわらず、
「お七大火」だけは歌舞伎・浄瑠璃・文芸などで、数多く作品化されています。
一体なぜでしょう。
江戸時代の火災の原因の大半は、失火によるものでしたが、
放火が原因の場合も数多かったそうです。
動機は、怨恨や火事場泥棒を働くための放火がほとんどでした。
そんな時代背景にあって、純愛が動機の・・・まぁ、相当屈折していますが、
放火というのは、当時にあってはかなりセンセーショナルな事件だったのですね。
講義の冒頭で紹介したように、抑圧され続けてきた庶民たちの中で育ったのは、
「情」を基盤とした価値観でしたから、愛する人と一緒にいたい一心で、
死罪を覚悟のうえ犯罪に手を染めた17歳のお七は、
忌み嫌われるどころか同情を集め、大衆に受け入れられたのですね。
さて、そろそろ時間です。
最後に付け加えさせていただきますが、
放火は言うまでもなく犯罪であり、この講義はそれを推奨するものでは
決してありません。
ただ、江戸の活気ある経済・文化の発展は、
度々襲った大火災と切っても切れない縁にあったことも、確かな事実。
模倣犯が出る恐れがあったので、お七は厳しく断罪され、
彼女をめぐる調書も資料も全て抹殺されました。
故に、この「お七大火」はその被害の大きさに反して、
果たしてお七は実在したのかどうかさえ、確証は未だに得られず、
その全容は様々な作品を通して推測することしか出来ません。
お七の犯した罪は確かに大きいのですが、
生きていた事実さえ幕府という巨大組織に抹消されてしまうとなると、
私自身彼女に同情してしまいます。
お七の人を純粋に愛した側面に、出来ることなら光を当ててやりたい、
そんな気持ちになるのです。
お七の墓は実在するのですが、不自由な時代に生まれてしまった
八百屋の娘、お七の冥福を祈りながら、この講義を終えたいと思います。
***********************************
「なぁ、お安岐よ。聞こえるか?」
「はいはい、何ですか?お前さん。
あたしはここにちゃんといますよ。」
「あのな?颯之助はな?
その、やっぱりお前に似たんじゃないか?
自分で心に決めたことをやり抜くっていうのは、
なかなか出来るもんじゃないぞ。
あれは、どう考えてもオレの血じゃなくて、
お前の血だよ。」
「何を言ってるんですか。
血なんかどっちでもいいじゃありませんか。
颯之助はお前さんとあたしの子供ですよ。
惚れたお人にそう言われるのは、悪い気はしないですけどね。」
「なぁ、お安岐よ。」
「何です?お前さん。」
「その、、、ありがとうな。」
「何がです?」
「そ、そりゃあ、お前。色々さ。
、、、いや、あいつを助けてくれて。
、、、いや、あいつもこの九兵衛も助けてくれて、
本当に、ありがとうな。」
「どうしちゃったんです?急に。
照れちまうじゃないですか。
あたしは、お前さんにも颯之助にも大切にされて、
もういつ死んでもいいくらい、とっても幸せなんですよ。」
「何言ってやがる、あの世にいるくせに。」
「ね、お前さん?一つお願い事を聞いてくれますか?」
「ど、どうした改まって。
何でも言ってみろ。」
「あのね、、、、」
「ちょっと待て!
先に言っとくが、出来ることと出来ないことがあるからな。
それを承知したら、先に進んでくれ。」
「あのね、お前さん。
お前さんがそっちにいる間にね、
颯之助のことたくさんたくさん、抱いてやってほしいの。
あたしの分もよ。
それでね、いつか時が来たら、
お前さんがこっちに来るでしょ?
そしたらね、その腕で、
颯之助を抱きしめたその腕で、
今度はあたしを抱いてくれる?」
「・・・・・・・。
お安岐。
お前も颯之助も、この九兵衛が賜った、この世で最高の宝物だぞ。
許されるなら、江戸のお城に登って、大声で叫びたい気分だ。」
「あら、なんて叫ぶのかしら?」
「・・・・・・。
ば、ばか。そんなこと恥ずかしくていえぬ。」
「だって、叫ぶんだったら一緒じゃないですか。
教えてくださいよ、お前さん。」
「そ、それもそうだが・・・。」
「さ、はやく。」
「なんて叫ぶかなんて、決まってるじゃないか。
江戸のお城から天下に向かって、こう叫ぶんだ。
”つかまつったり、天下一!”ってな。」
おしまい。
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アルピニア
at 2006-03-26 19:47
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ハグはいつの時代でも大事です! 好きな人に抱きしめられるってのは、本当に幸せな気持ちになれますもんww
いやぁ、それにしてもドキドキハラハラ、とても楽しく読ませていただきました!! 本当にお疲れさまでした^^
いやぁ、それにしてもドキドキハラハラ、とても楽しく読ませていただきました!! 本当にお疲れさまでした^^
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by
大阪 ケン
at 2006-03-26 20:16
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hagumi
at 2006-03-27 00:52
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きゅび
at 2006-03-29 01:55
x
「つかまつったり、天下一っ!」というのは、
江戸時代の景気の良い掛け声なんですね、実は。
打ち上げ花火のイイ奴を一発拝んだときなんかに「鍵屋!玉屋!」
なんていいますけども、度肝を抜かれるような奴をお見舞いされた時などは、
この「天下一!」と叫んだそうです。ま、補足トリビアですな^^;
さて・・・・
■アルピニアさん
幸せな日常が伝わってくるようなコメント、ご馳走様でございます^^
ほっとしてしまうご感想を頂戴しまして、ありがとうございます^^v
■大阪ケンさん
最初は僕があの世に行くつもりで考えてたんですけど、
僕が可愛くてもしょうがないので、お安岐さんに白羽の矢が立ちました^^;
■hagumiさん
一気に・・・すごいです。僕は一気に読もうとしましたが、寝てしまいました。
ドライアイにご注意くださいませ。
江戸時代の景気の良い掛け声なんですね、実は。
打ち上げ花火のイイ奴を一発拝んだときなんかに「鍵屋!玉屋!」
なんていいますけども、度肝を抜かれるような奴をお見舞いされた時などは、
この「天下一!」と叫んだそうです。ま、補足トリビアですな^^;
さて・・・・
■アルピニアさん
幸せな日常が伝わってくるようなコメント、ご馳走様でございます^^
ほっとしてしまうご感想を頂戴しまして、ありがとうございます^^v
■大阪ケンさん
最初は僕があの世に行くつもりで考えてたんですけど、
僕が可愛くてもしょうがないので、お安岐さんに白羽の矢が立ちました^^;
■hagumiさん
一気に・・・すごいです。僕は一気に読もうとしましたが、寝てしまいました。
ドライアイにご注意くださいませ。