悲しみの理由(3)

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太平洋戦争末期。
日本の敗戦色が濃厚になった1945年はじめのこと。
カズ兄ちゃんの家に届いた悲しい報せは、大きく彼の人生を揺さぶった。

心の支えだった、父。
強く、優しくて、尊敬する、兄。
両方を、一度に失った。

明るくおおらかだったカズ兄ちゃんが、一晩中泣いた。
泣き声は母の家まで聞こえてきたそうだ。
そして納屋に閉じこもり、泣きながら一晩中絵を描き続けた。

「しっかり勉強して、お前が母さんと妹の面倒を見るんだぞ。
 じゃあ、頼んだからな。約束だぞ。」
出征時に兄が笑顔で言って残してくれたノートに、
「ごめんなさい。 
 もう、絵を描くのはこれっきりにしますから。
 ごめんなさい。
 お兄ちゃん、本当にごめんなさい。」
そう詫びながら、父と兄の面影を、家族で過ごした楽しい日々の思い出を、
胸に残る父と兄のいる情景の全てを、泣きながら描きこんだ。

あふれてくる涙で絵は見えないし、身体は震えて鉛筆は思うように走らない。
それでも、カズ兄ちゃんに出来る供養はそれしかなかったから
例え下手でも稚拙でも、精一杯描いた。

そしてそれが、彼が描いた最後のデッサンだった。

***********************************

おもえば、あの絵はお兄さんとお父さんへの供養でもあるし、
カズ兄ちゃんの夢への供養でもあったのかもしれないわね。
日本一の画家になるっていう夢のね。

カズ兄ちゃんは、真面目で責任感が人一倍強かったから、
泣きながら絵を描いたあの夜に、お兄さんとの約束を思い出したのよ。
しばらくして、あたしにノートを見せてくれたけど、その時に
「このノートは、僕の宝物だけど、ひらくのはもうこれで最後だよ。」
と言ってたもの。
そして、実際に絵の道を捨てて
母親と妹を養うために、働きながら商科学校へすすんだの。 

あたしが、東京に出る前に挨拶に行ったとき会ったのが、
直接見た最後だったかな?
田舎、周りの家が農家ばっかりだったでしょ?
カズ兄ちゃん、そんな事まですごく気を使ってね、
「僕まで農業に手を出したら、よそ様の家に迷惑がかかるかも知れない。
 だから、畜産をやろうと思うんだ。
 裏山の奥深いところに牛舎を建てれば、誰にも迷惑はかけなくてすむ。
 そこで、食用の牛を育てるんだよ。
 立派に育てて、瀬戸内海の向こうの神戸に流せば、
 神戸牛のブランドで、高い値段で取り扱ってもらえる。
 農協の人たちも、資金支援してくれるって言ってるんだ。
 最初は大変だろうけどさ。
 僕は男だから、苦労は我慢できるんだ。
 しっかり頑張って母さんと妹に楽な生活させてやりたいんだ。」

そう言ってたっけ。
カズ兄ちゃんなら、真面目だし勤勉だし、努力家だから、
絶対、絶対、成功するに違いないと思ったわ。

実際ね、事業を始めて何年後かには500頭もの牛を飼育してたのよ。
すごいことだよ。
ずぶの素人が、ゼロから勉強を始めて苦労を重ねて、
その上に努力して頑張って、そこまでのし上がったのよ?
牛が50頭じゃなくて、500頭だよ?
カズ兄ちゃんは、男の中の男よ。
おまえも、そう思わないかい?





」」」」」当時のコメント」」」」」

osakaken 読むのが途中で止まりました・・普通の人の生きてきた話ほど胸を打つことはありませんね。有名な人ではないけど・・凄くて切なくて・・いいお話です。
2005/09/06 19:15

アルピニア 戦争って普通の人の幸せをあっと言う間に奪っちゃうんだよね。。
そういう状況下で周りのことまで考えて、一から畜産を学んでそこまでも規模にするなんて、カズ兄ちゃんは男の中の男だと私も思います!!
2005/09/06 20:08

m⇔k 悲しい時代の話だね。ほんとに悲しい…
2005/09/06 21:44

もも。 真の強さや優しさは、土壇場になったときに、よく観えるのかもしれませんよね・・・
2005/09/07 10:20

きゅび ■osakakenさん
 等身大の人の生き様ですからね。説得力がありますよね。
■アルピニアさん
 一人の人間じゃ、どうにも出来ない時代の流れ。
 でも、時代の流れは人間が作り出しているのですよね。
■m⇔kさん
 その時代にあって、カズ兄ちゃんの強い責任感には
 頭が下がります。
■もも。さん
 そうですね。ももさんの言うとおり、カズ兄ちゃんは優しくて、
 強い人だったと思います。
2005/09/07 11:18
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by hinemosunorari | 2005-09-06 19:09 | 日々のよしなしごと | Comments(0)

洒落と知性と愛そして無駄の織りなすブルース。


by きゅび
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