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この日の記念に書こう。(五)

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手術室への自動扉が閉まってからも、僕はしばらくその場から動けないでいた。
自分にとってとても大切な人が危機的な状況にあるというのに、
自分では何一つ助けてやることが出来ない。
出来るのはただただ無事を祈るだけだった。

嫁をストレッチャーに乗せて運んでくださっていた看護士の方が扉の向こうから出てきて、
1時間ほどかかるだろうから、家族控え室で待つように指示してくれた。
控え室に入って椅子に腰掛けても、僕は全然落ち着かなかった。
あの日、広さんが二子玉川で僕にくれた安産のお守りは、大事に持っている。
友人達やこのブログで知り合った方から頂いた、ありがたい応援のメッセージも、全て胸に抱いている。
それでも僕は本質的に弱い人間なのかもしれない。
たまらなく不安だった。
僕がこれまで体験したどんな時よりも、たったの1時間が経つのがとても長く感じた。

目を硬く閉ざして、ただ一心に嫁と子供の無事を祈った。
無意識のうちに僕は左手で自分の右肩を握り締めていた。
窮地に立ったときの、昔からの僕の癖だった。

***************************************

僕の身体には一生消えない傷がある。
腹はみぞおちから恥骨の上までの切開痕。
両足首の内側と両肩に、それぞれ10円玉大の点滴や輸血の注射痕。
どれも生後4ヶ月で2度にわたる大きな手術をした際の傷跡だ。

小さい頃の僕は、自分の身体に刻まれたこの傷跡たちが大嫌いだった。
赤ん坊だった頃に手術をしたのは知っていたが、他人にない傷を持っているのが嫌だったのだ。
小学生になると、僕は一流の悪ガキに成長したけど、
それでも傷痕は確実に僕の中で一種のコンプレックスになっていた。

そのコンプレックスが、ある日母親に露見した。
確か家で風呂に入るか、着替えをするかしていたときのことだったと思う。
僕は普段どおりにシャツを着替えただけだったのだが、
劣等意識があったのか腹を隠すようにして着替えた。
そして、それを見た母は厳しく僕を怒鳴りつけた。
反抗期の盛りだった僕は、いきなり頭越しに怒鳴られたもんだから
「こんな恥ずかしい傷があるからいけないんだよ!」
と言い返した。
次の瞬間、僕は体が宙に浮くほどの勢いで頬を張られて、部屋の反対側まで吹っ飛んだ。
「思い上がるんじゃないよっ、この大馬鹿者っ!!
 お前たった一人を生かすために、どれだけの人がどれほど懸命になったか。
 そんな大事なことが分からないなら、お前なんかあたしの子供じゃないよっ!!」

母は甘やかす人ではなかったけれど、そんな風に激しく怒ったのはそれが初めてだった。
あまりの出来事に、部屋の反対側まで吹っ飛ばされたショックも、
引っぱたかれた頬の痛みも、忘れてしまって僕は呆然としていた。
「いいかい、きゅび。よくお聞き。」
そういって僕の母は1969年10月のことを、一つずつ僕に話してくれた。

2度にわたる手術とお腹の傷のこと。
僕の父が医師に託した言葉。
そして肩や足首の傷もそうだった。
4ヶ月の赤子に知識や知恵など何もない。
たとえ命をつなぐ為の点滴とはいえ、何度腕に針をさしても、どう腕を拘束しても
僕は決まって暴れて針を取ってしまったという。

そのせいで両腕は傷だらけになり、もう針が入れられなくなってしまった時、
担当していた看護婦の方は
「きゅびちゃん、ごめんね。痛くてごめんね。
 でも、こうしないとあなたは生きていけないのよ。
 きゅびちゃん、おねがい。あばれないでちょうだい。」
と、涙を浮かべながら肩や足首に針を入れたそうだ。

そして僕の母は、点滴が必要なくなるまでの間、ほとんどずっと不眠不休の状態で
看護婦さんが泣きながら入れた針が、抜け落ちたりむしり取られたりしない様に、
手でかばい続けたという事もこのとき初めて知った。

独りで勝手に生きているわけではない。
僕は確かに、沢山の人の尊い意思によって、生かされているのだと、
あの10月の夜に再び命が与えられたのだと、この時初めてそう実感した。
僕の体から一生消えないこの傷痕こそ、僕が多くの人たちの想いに支えられて生かされた、
その証なのだ。

*************************************

肩の傷を握り締めて一心に祈ったのは、36年前に僕を生かした多くの強い意志に、
少しでも力を借りたかったからだ。
手術室の前で父が医師に言った言葉と、何日も寝ずに看病を続けてくれた母の想いが
36年の時を経て胸の中で蘇った。
父の人生、母の人生、そして僕と嫁と生まれようとしている子供の思いが重なったとき
控え室に看護士さんの誕生を告げる明るい声が響いた。



                                           つづく


」」」」」当時のコメント」」」」」


deedee0727 ほんとにたくさんの人に助けられて生かされてるんだなって思いましたぁ(●ToT●) シクシク こうやって一つの命を救うために一生懸命やってる人もいるのに・・戦争とかってなんなんだろぉ・・っておもっちゃうぅ~(●ToT●) シクシク
2005/03/03 13:30

スシファイ 風邪経過。そんな傷あったっけ?そう言われて見ればあったような・・・・すまん鈍くて。 ()
2005/03/03 19:17

きゅび
■deedee0727さん
 深い考察ですね。確かにごもっともです。
■スシファイさん
 ぷぷぷ。まぁ、通常は隠れてますから^^;
2005/03/03 19:50

ryoma2005 泣けた。。。泣けたよ。。。やはり、人間は生かされているんだよね。そういう意味で、常に感謝をしていたい。
2005/03/03 23:01

ryoma2005 また、トラバさせてね。きゅびさんのこの日記はいいよ。本当にいい。
2005/03/03 23:05

★アクアマリン 私も涙止まらなくなっちゃった・・・・ 
いろんな思いが よみがえってきちゃった
親になると 初めて 親の気持が分かるよね・・・・
2005/03/04 00:58

きゅび ■ryoma2005さん
 僕が傷を見る時は、ryomaさんが
 「ずっと演劇人でありたい。」と願う気持ちと同じだと感じました^^
■再びryoma2005さん
 あちゃー、テレまくりです><;;
 ryomaさんにそういっていただけると、本当にうれしいです^^
■アクアマリンさん
 確かに、その通りです。
 まだ子供に何も教えていないのに、いきなり教わってしまいました。
2005/03/04 01:23

アストラッド ああ・・我が子を産んだときのことを思いだしました(´;ω;`)ウッ…
2005/03/04 23:08

きゅび
■アストラッドさん
 僕にとってでさえ、大変な一大事だったのですから、
 女性のアストラッドさんにとっては、物凄くドラマチックだったのでは、
 と思います。是非今度お聞かせください^^
2005/03/05 13:01

らむりー☆ なんか、小説でも読んでいるかのような感動を覚えました・・・。いや、ヘタな小説よりも全然素晴らしいです!久々、感動というものを味わいました^^
2005/03/06 00:49

ぴの彦 事実は小説より奇なり・・・ここまでくると奇過ぎ???ww
2005/03/06 03:19

きゅび
■らむりーさん
 ありがとうございます^^体験談の強みですね^^
■ぴの彦さん
 時代を超えて、運命はくり返すのじゃ。ふぉふぉふぉふぉ(遠い目;)です。
2005/03/06 23:18

はむねこさん むー・・・(* ̄  ̄)・・・
私は両親の思いを受け止めきれているのでしょうか・・・(* ̄  ̄)・・・
2005/03/07 17:50

osakaken 私は生まれは方は 普通ですが・・父がいません。母がどんな気持ちで私をこの世に出したか・・それがわかるまで随分時間がかかりました。・・人は人によって生かされる・・そのことを叩いてでも教えたお母様は偉いです。
2005/03/08 06:54

きゅび ■はむねこさん
 両親の思いを受け止めきれる子は、そうそういないと思いますよ。
 将来もしも、はむねこさんが父親になったら、その瞬間に分かります。
 これまでは一度も感じたことのない愛です。
 見返りを求めない、ひたすら与え続けて行く愛。
 どんなに受け止めたって、かなうはずないです^^;
■osakakenさん
 心に触れるコメント、ありがとうございます。
 子の教育方法論は世の中に色々あるようです。
 「鉄は熱いうちに打て」というように、厳しく育てる人もいれば
 「褒めて伸ばす」という最近多い育て方もあります。
 osakakenさんはどちらでしたか?
 
 子育ては真剣勝負なんていいます。
 僕個人的には、あの時ぶん殴られなかったらこれほど深く母のメッセージが
 胸に刻まれることはなかったと思っています。
 愛する我が子を殴らねばならぬ、親の胸のうちの痛みと、
 母がぶん殴ってでも絶対に伝えたかった真実。
 どちらもぼんやりと分かるようになった今日この頃、
 本当に本当に感謝の気持ちで一杯になります。

 察するに、osakakenさんのお子様も僕と同じような、否、
 僕以上の感謝の気持ちを抱いていらっしゃることと思います。
 
 
2005/03/08 15:11

ririka34 この文を読んでお母様の強い愛情を感じました・・・・
大人になるといろいろな事が忘れかけてきてしまって・・そんな時にあらためて
自分のおいたちなどを聞き・・ いろいろな事にきづくのですよね・・・
自分が親になってみて気づくこと・・・すごくたくさんあるのですよね・・^^
2005/03/10 14:00

きゅび ririkaさんでもそうですか。やはり。
きゅびの場合も本当に色々なことに気づかされました。
本当に、感謝感謝です。
2005/03/11 13:04
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by hinemosunorari | 2005-03-03 10:39 | 日々のよしなしごと | Comments(0)

洒落と知性と愛そして無駄の織りなすブルース。


by きゅび
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