きゅびの、ひねもすのらりノウタリン。

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今と将来と。

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日々色々なことに想いを馳せながら生活しているので、
多分脳ミソがウンザリして拒絶反応を示したのだと思う。
今朝会社に通勤していたら、通りがかりの人に
「あのー、耳から煙が噴き出てますけど大丈夫ですか?」
と言われた。

もちろん嘘であるのだが、脳ミソがいろいろウンザリしているのは本当である。
そんなわけで、今夜は記事を更新しても、絶対に中身のあることなんか書かないもんね、
と独断したのは帰宅直後のことであった。
家の者は早乙女さん以外は皆外出していたので、
仕方なく彼女とサシで世界平和について語り合っていると、
嫁の故郷青森から宅急便が届いた。

「あら、アボダーム(←早乙女さん大好物の商品名)かしら?
 旦那さん、早く開けてみましょうよ。」
とか丸い瞳の美女が急かすから、その場で箱を開けてみると、中身は美しい林檎であった。
「おおっ!綺麗でその上美味そうだ!」
僕は歓喜の声をあげたが、早乙女さんは「けっ。」と短く溜息をついて、
リビングへと去っていってしまった。
悪かったね。ドッグフードじゃなくて。

我が家には現在、きゅび母の故郷・愛媛より送られたミカンが一箱と
来たばかりの林檎一箱がある。

確か、昔の記憶をたどれば、以前は今頃になるとどこの家庭でも、
段ボール箱いっぱいのミカンだったり林檎だったりがあったものだった。
しかし、核家族及び単身世帯が世にあふれるようになった昨今、
この段ボールミカン及び段ボール林檎は、確実に姿を消しつつある。

気になって調べたところ、スーパーマーケットなどでの青果・生鮮食品の売り上げは、
減少傾向が止まらないそうだ。代わって伸びているのが、飲料商品やら惣菜なのである。
つまりこれはどういう事かというと、
「林檎の皮を剥くのが面倒だし、ミカンも食べたら皮が残るから、
 スーパーへ行って100%ジュースを買ってこよう。」
あるいは、
「晩ご飯の支度も片付けも手間がかかるから、スーパーへ行ってお惣菜を買ってこよう。」
と言うことではないだろうか?

今日はその善し悪しを言いたいのではないが、僕等がスーパーで見慣れた風景。
即ち、「お客様をまずは季節の果物・野菜でお出迎え」という陳列の王道が
崩壊するような予感がするのである。

だってそうでしょう?
日本の総人口の過半数は既に首都圏(東京・埼玉・千葉)と大阪府と愛知県に集中していて、
それらの都市の世帯傾向は少子核家族と単身世帯ばっかりなんだから。
ミカン1ネットとかキャベツ1個を買って腐らせちゃうよりは、ジュースを買おうかとなる。
そういうお客が増加するわけだから、ちゃんとマーケティングしてるスーパーなら、
顧客の欲求を満たすような陳列にするよね。

なんだか、例えばアナログ放送がデジタル移行しても、なんら心境の変化はないけれど、
自分が生まれた頃からずっと存在していた社会的法則がここ数年のうちに崩壊するのかと思うと、
とっても「時代の転換期」に生きている感じがする。
法うんぬんではなくて、モロに庶民の生活の中心部が変わる。
あー、明治維新の頃とか、きっとこんな感じだったんだろうなぁ、とか思う。

良くなるのか悪くなるのか、サッパリ分からない今と将来と。
希望を持っていいのか絶望せぬよう気構えた方が良いのか、サッパリ分からない今と将来と。
遠い明治の人々に考えを巡らせつつ、ミカンと林檎を愛でながら皮を剥き剥き、
ほおばる冬の夜なワケである。
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by hinemosunorari | 2007-12-19 00:21 | 日々のよしなしごと | Comments(15)

見上げてごらん夜の星を。

見上げてごらん夜の星を。
小さな星の小さな光りが ささやかな幸せをうたってる。
見上げてごらん夜の星を。
僕等のように名もない星が ささやかな幸せを祈ってる。

               坂本九 「見上げてごらん夜の星を」

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クリスマスが近づくにつれ、イルミネーションも日に日に熱が入る。
ま、東京なんて商業ベースで都市が成立してるから、当然と言えば当然である。
聖なる夜も、過激に過剰に華美に演出しなくてはならない定めなのだ。

さてこのイルミネーション。最近ではLEDを用いた電飾が非常に多い。
LEDとはLIGHT EMITTING DIODEの略であり、すなわち発光ダイオードのことである。
詳細を書いてもどんどん論旨と外れていくのでなるべく避けるが、
素子自体が電子的に発光するので、フィラメントが燃えて発光する白熱灯のような球切れが無く、
半永久的に使用出来るという特性を持っている上に色温度も高い。
即ち、ぱっと見た感じがとても綺麗と言うことだ。

お台場のフジテレビ前とか、六本木のけやき坂なんかを埋め尽くしているのは、
全てこのLEDである。
確かに、綺麗だ。とってもキラキラしていて綺麗だ。
だが、ロマンチックじゃない。
それどころか、ひどく無機質で味気ない印象すら憶えるのは、僕だけではあるまい。
何故だろうか?

最初はこう思った。
僕等の世代ではこのLEDの灯りの下で、愛だの恋だのを語った経験のある者はいない。(多分w)
当然クリスマスの夜、家族との温かい団らんがLEDに囲まれて・・・という者もいない。(多分w)
つまり、ロマンやら愛しさやらを生じさせるLEDにまつわる自身の思い出が、全くない。
だからこの真っ白い綺麗な電飾に、何ら情緒的なものを感じられないのだと。

一理ある。けれども、それだけではない。
僕は気がついた。
LEDは半永久だが、人間の燃やし続ける生命は必ず限界が訪れる。
決定的になじめない理由は、そこにあるのだと。

けやき坂もお台場もミッドタウンも、確かに綺麗に見える。
だけど物事の本質を忘れちゃいけない。
何故、灯りが必要なのか?本当に見たいものは何なのか?
本当に見たいもの・・・それは少なくとも半永久的に輝き続ける電球じゃないはずだ。
ロマンを感じるのに、愛を語らうのに、過剰な明かりは必要ない。
本当に見たいものは、今この時しか見られない愛する者の顔ではあるまいか。
月と星々と僅かな灯りと愛する人と。それで十分ではあるまいか。

「見上げてごらん夜の星を」という昭和の曲がある。
故・坂本九氏の唄う、胸に優しく染み込む名曲である。
当時白黒で撮影されたこの曲のビデオクリップ。
坂本九氏本人が深夜文机のスタンドライトの灯りを消すところから楽曲が始まる事を考えると、
なおのこと考えさせられるものがある。

余分なものが消滅すれば、星々はいつだって空にある。
さぁ、やかましいテレビもチカチカする電飾も、大切なことを思い出すために、
今夜はスイッチを切ろうじゃないか。
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by hinemosunorari | 2007-12-16 01:57 | 日々のよしなしごと | Comments(22)

うっひょー

東京に(いや、もしかしたら我が家の近所だけ?)突如ヒョウが降った。


ヒョウって牙があって吠える野生の豹じゃなくて、雹ね。


あられのデカイ奴。


 


「何だか寒い晩だなぁ」とか何度も独り言を言いながら、


「愛の手間暇(仮題)」と題したブログ記事の下書きを、ポツポツと書いていたところ、


何やら外から「バラバラバラ・・・」とけたたましい音がするので、


窓を開けて覗いてみると、雹が枯れ葉を叩いていた。


 


東京でこんな風に雹が降るのは珍しいので、既に寝ていた嫁を叩き起こして


「ねぇ!ねぇ!見てよ!!


 雹だよ、雹!!スゴイよ!!氷の粒が降ってきてるよ!!」


と、窓を全開にしながら感動を直接的に訴えたところ、


ベッドで布団にくるまりながら彼女は3秒だけうっすらと目を開けた。


で、その3秒で


「あ。そう。すごいね。」


と冷ややかに言い、即座に目を閉じて眠りの淵へと帰っていった。


 


僕はというと、何だか自分が38にもなって底なしのアホタレになったような気分を味わい、


寂しさ満点で窓をカラカラと閉めた。


寒い夜に、冷ややかな反応に、お寒いブログタイトル。


この極寒の三重奏に軽いめまいを覚えたりするのだが、


とりあえず現在下書きを進めている「愛の手間暇」は、絶対に心温まる記事にしようと、


決意を新たにしたりするのでありました。


 


だから、どーした?


とか言われてしまいそうなのですが、とりあえず雹が珍しかったもんで。


お騒がせして、スミマセン。


皆様に対しても。もちろん、嫁様に対しても。


 


 


 


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by hinemosunorari | 2007-12-15 01:56 | 日々のよしなしごと | Comments(13)

MAMA ALWAYS TOLD ME(3)

ALBERT KINGがお気に入りだったよね。
歌ってくれたのは子守歌じゃなくて「TELL ME WHAT TRUE LOVE IS」。
だからさ。僕の生活が何から何まで、ハードボイルドでブルースなのは。

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大慌てで東京へ帰る道中は、本当に悪夢のようだった。
何しろとにかく焦っていて、右足も左足も右手も左手も、
四肢の全てが同時に前へ前へと行きたがるもんだから、気持ちばかりが先走って、
肝心の体はちっとも前進しなかった。
そんなわけでもがきながら病院にたどり着いたのは、23時前後だったと思う。

「言ってみれば、純粋に奇跡ですね。」
救急で運ばれた国立医療センターの脳外科医も整形外科医も、そう口を揃えた。
裏庭の藪の枝を処理しようとしていた母は、誤って深さ2m強の用水路に頭から転落した。
用水路と言っても水は殆ど流れていなくて、それは言ってみればコンクリートの側溝。
とっさに体をかばった左腕は、一発で前腕部が砕けた。
が、代わりにその左腕とほぼ同時に接地したと見られる頭部の内出血は、
精密検査の結果、完全な治癒が見込めるごく軽いものであった。

「お母様くらいの年齢の方ですと、脳なり頭蓋骨に大きな損傷があるのが、まぁ普通です。
 命を落としていても不思議ではありません。
 骨折に関しては重傷ですが、それ以外では本当に不幸中の幸いでした。」
整形外科の若い女医は、「本当にツイてましたね。」と今にもうっかりこぼしそうだった。
怪我の状況と今後の治療に関して簡単な説明を受けた後、
僕は暗い廊下を集中治療室へ急いだ。
命に別状がないと分かっても、顔を見るまでは心配だったのだ。

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「女の言うことは、聞きなさい。」
それが僕に授けてくれたあなたの哲学だった。
でも、怒らないで聞いて欲しい。
その一言が頭に残っているばっかりに、僕の人生はタフでキツイのだと思う。

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ICUエリアに入ると、夜も深い時間にもかかわらず他の患者さん達のうめき声とか
助けを求める声が、医療機器の色々な電子音に混じってあちこちから聞こえてきた。
僕の緊張を察した看護士さんが、
「お母様は何か急な変化があった時に備えて、一応ICUに入っていますけれども、
 意識も感覚もとても明瞭でしたよ。今はゆっくりとお休みになってます。」
と教えてくれた。

促されて入ったユニットの中で、確かに母は軽い寝息を立てて眠っていた。
折れた左腕は既に石膏で固められていたし、頭部は包帯でぐるぐる巻きになっていた。
脳内出血の影響かなにか分からないけど、両方の瞼がもの凄く腫れていて
その大福みたいに腫れた瞼が、母から視力を奪っていた。
それらの傷の一つ一つが、転落の衝撃の凄さを無言のうちに教えてくれた。
僕の記憶の中で、そんなふうに痛々しい母の姿を見るのは、初めてのことだったから、
なんだかとてもやるせない気持ちになって、思わず折れていない母の右手を握った。

最後に母の手を握ったのがいつなのかなんて、全然憶えていない。
でも、幼い頃に手をつないだ時、確かに握りきれなかった母の右手は、
いつの間にか僕の両手にすっぽりと収まるようになっていて、
当たり前ではあるのだが、何故かふと寂しい気持ちになった。

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宿題はもう済ませたのかい?明日の支度はしたのかい?
忘れ物はないのかい?洗濯物は全部出したかい?
うっとうしいお節介も、愛があるから素敵に見えるよ。本当さ。
でも・・・

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「なぁ、母さん。
 こんなひでぇ格好になっちゃってどうすんだよ。かつての美人が台無しじゃねぇか。
 もう年なんだからあんまり無茶してくれるなよ。
 働き者の嫁だっているし、藪の枝なんか俺が休みの日に山ほど処理するからさ。
 頼むから、金輪際藪の近所は歩かないでくれよな。
 ・・・ともかく、本当に無事で安心したよ。」

手を取りながらそう心の中で呟いた時、眠っていたはずの母が目を閉じたまま口を開いた。
「きゅびかい?」
僕はびっくりしていると、
「目が開かなくてよく分からないんだよ。ゴメンね、心配かけちゃって」
と言った。驚いたことに、母は気配で僕だと気づいたのだった。
頭を強打したものの、大事に至らずに済んで良かったと伝えようとすると、
母はそれを遮ってこんな事を言いだした。

「お前、今日は現場だったんだろ?
 こっちに来ちゃって大丈夫なのかい?
 自分がアタマになって人を何人も連れて行ってるんだろ?
 男なんだから、仕事に背中向けて穴空けるようなことしちゃいけないよ。」

これだから僕は母が苦手なのだ。
40にもなろうかといういっぱしの男が、何が悲しくて包帯でぐるぐる巻きにされて、
目も見えず片腕がへし折れて集中治療室に入ってる高齢者に、心配されなきゃいけないのだ。
ハードボイルドもへったくれもあったもんじゃない。

「なぁ、母さん。俺は大丈夫だから。
 そんなことよりちょっとは自分の体の心配したほうがい・・・」
「何言ってんだい。
 お前、ちゃんと晩ご飯は食べたんだろうね?
 今食べるものが10年後の自分の体を作るんだから、
 きちんと栄養のあるものをしっかり食べないとダメなんだよ。
 ちょっと。聞いてるのかい?」

聞いてるもクソもない。
嬉しいのと悔しいのと情けない気分がごっちゃになって、
僕は深夜の集中治療室で、笑いながら泣いた。

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でも、俺のパンツやら靴下に名前をデカデカと書くのは、
頼むから勘弁してくれ。 
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by hinemosunorari | 2007-12-05 23:05 | 日々のよしなしごと | Comments(18)

MAMA ALWAYS TOLD ME(2)

「ねぇ、きゅび。なんでママはきゅびと手をつないでるか分かる?」

そう言って、もうすぐ5歳になる僕の顔を、母は突然真剣にのぞき込んだ。
ツツジが陽に輝いて、鮮やかに咲く公園の遊歩道。
僕等二人はつないだ手をぶんぶん振り回しながら、仲良く散歩していた。
母がビア樽みたいになるのは、これより15年も後の話だし、
僕は僕でハードボイルドのハの字も知らない、純真無垢な可愛い天使だった。

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幼少の頃の僕の記憶に、父親の姿はほとんどない。
記憶と言えば、近所の友だちと遊んだりしたこと。
母の経営する店のカウンターの端っこで、夜食のカレーライスを食べたりしたこと。
そして休日の母との記憶ばかりである。

理由がある。
僕には二人の父親がいる。
勿論、実父と養父と言う意味である。
まぁ、良くある話だ。
僕はどちらの父にも感謝こそすれ、まったく恨んじゃいない。本当に。

でも、責任感の強い母は違った。
正確に言えば、「責任感と思いこみの激しく強い母は違った。」と書くべきだろう。
「父親のいない事で、この子に負い目を持たせちゃいけない」
きっとそう自分で固く決意したのだと思う。

おかげで僕は4歳にして、水泳・絵画・ピアノ・習字・バレエの各教室に
通わされる羽目になり、当時の日本で、多忙さでは一躍トップクラスの幼児になった。
(周知の通り、何一つモノになっちゃいないのが残念だが。)

また、ある時の父母会でのこと。
当時母は中野区でバーやらスナックやらを3店舗経営していたのだが、
それを「たかが水商売の女のくせに。」と揶揄する声を聞いてしまった。
陰口などは、元々反吐が出るほど大嫌いな性分である。

母はその場で烈火の如く怒った。
しかも、キレにキレまくっただけでは収まらず、
僕を連れて美容院に駆け込み、「あたし達を最新のヘアスタイルにしてちょうだい!」
とオーダーした。

翌朝、幼稚園の送迎バスの待ち合わせ場所には、最新アフロヘアーでバリッとキメた母子が
「どうだい、可愛いだろ?お前らにゃぁ出来るめぇがな。」
と他の母子を圧倒して凄んでいたという話である。
そんなちょっと違った愛情の表し方は、正直なところ息子にとってはやや苦痛だった。

だけど、忘れられないことがある。
どうしても、忘れられないことがある。
夕方から明け方まで店を切り盛りし、夜が明ける頃どんなにくたびれ果てて帰ってきても、
母は毎日必ず「たたいま、きゅび。独りにさせてゴメンね。」と言って、
眠っている僕を抱きしめてくれた。
夢うつつの中で感じるその温もりがあったから、
僕は毎日訪れる独りきりの夜も我慢出来たのだと思う。

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「どうして手をつなぐのかって?
 うーん、僕が転ばないようにかな?うーん、やっぱりよく分からないや。」
ちょっとはものごころがついていたのか、おおよその答えが分かっていながら
照れくさくて口に出来ずに、僕は分からない振りをしたと思う。
そんなささやかな反抗を見透かしたように、母は小さく笑ってこう言った。

「あのね、きゅびを離したくないから、こうして手をつないでるんだよ。
 世界で一番お前が大事だよって気持ちがね、ちゃんときゅびに伝わるようにね、
 こうしてぎゅっと手をつないでるんだよ。」

僕は、本当は嬉しかったのだけれど、やっぱり照れてしまって何も言えず、
つないだ手を強く握りしめながら、母の手に自分のアフロヘアーを二度三度
ゴシゴシとなすりつけた。

僕に足りないものなど、本当に何一つなかった。
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by hinemosunorari | 2007-12-04 03:45 | 日々のよしなしごと | Comments(11)

MAMA ALWAYS TOLD ME(1)

そんな風に本番中に何度も携帯が鳴るのは珍しいことだった。
電話とは不思議なもので、例えマナーモードにしたとしても、
十分持ち主の注意を惹き付けるのだ。

その時の僕は、千葉県文化会館で自分の抱えているコンサートツアーの、
年内最後の本番中だった。
どんな些細な要因であれ、集中を欠いた本番などしたくなかった。
予めマナーモードにしてはいたのだが、振動音が気になって電源を切った。

昼の部の終演後、電話を確認すると留守電が数件残っていた。
実家で両親と暮らす妹からだった。
普段はたいして連絡を取らない近親者から、こう何度も電話があるなんて、
きっとロクな報せではないと思った。
そして、直感は見事に的中した。

サービスセンターに電話をして、伝言を聞く。
メッセージが記録された日時を告げる、無表情な合成音声に続いて耳に入ってきたのは、
多分はじめて耳にする切迫した妹の声だった。
その、どうにかこうにかして絞り出した声が、僕に重大なニュースを知らせた。

母が高所からコンクリートの上に転落したこと。
頭部を強打していて脳内に出血が見られるため、
そのまま集中治療室へ搬送されたこと。

なんて事だ。
1時間後にはコンサート夜の部の本番がある。
タレントは間もなく化粧に入るし、会場の外には大勢のお客さんが列を作って待っている。
自分が責任を持ってやっているショーだから、僕の代役などいるはずはない。
会場を去ることなど、到底考えられなかった。

僕はひとりになれる場所に行き、温かいコーヒーを飲みながら考えた。
母は決して若くはない。
だが、頭を打ったからと言ってそれが死に直結するわけでもない。
必要以上に絶望したり興奮しないように、まずは自分をどうにか冷静にコントロールすることが、
一番重要だった。

脈拍がいつもより早いのが自分でも分かる。
知らずに力一杯握りしめていた手の平は、じっとりと汗で湿っていた。
落ち着こう。
艦長が航海中の自分の船を放りだして家に帰るだろうか?
それと同じで僕にとっても目の前のショーが全てなのだ。
「まず、仕事を片づけよう。」
こういう結論は頭では分かりきっていたのだが、時間をかけて本当に決意することが出来た。

そして、時間は来てショーがスタートし、僕は集中してやり遂げた。
今年最後の本番と言うだけあって、タレントもバンドも観客も我々スタッフも、
とても気持ちの入った素晴らしいショータイムだった。

終演。
客席の照明を全灯させる自動ボタンを叩きながら、
同室していた上司に緊急事態を告げ、撤去作業一切のことを頼むが早いか、
僕は上着と鞄を掴んでタクシー乗り場へと全力で走り出した。
何故か耳の底の方で、ガキの頃に母に怒鳴りつけられた時の、
僕の名を呼んで叱る母の声が、何度も何度も繰り返し響いていた。
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by hinemosunorari | 2007-12-02 22:26 | 日々のよしなしごと | Comments(5)

MAMA ALWAYS TOLD ME(・・・を書くにあたって。)

本当は、今週あたりは結構暇で、ブログなんか毎日更新するはずでした。
だけど、人生なんて大概思い通りに行くことの方が少ないんですよ。僕の場合。

実はちょいとしたアクシデントがありまして、なかなかログイン出来ずにいました。
そのアクシデントに端を発して、色々と思うところがございまして、
明日から少しずつ(毎日本番を抱えてはいるのですが)書き留めていこうと思います。
気持ちが冷めぬうちに。

今日、久しぶりにクルルにログインして、巡回先を数件廻ったところで、こんな質問を目にしました。
「あなたのクルルにおけるポリシーとは?」
ま、厳密に言えばちょっと違うニュアンスの質問なんですけれども。
ともかく、このブログにおけるポリシーのことについて想いを馳せたわけです。

以前は、書き放題でした。
思ったままを書き、それで満足していました。
でも、今は違います。
昔ほどPCに向かっている時間が確保出来なくなったからかも知れませんが、
今は「何を伝えたいか。」を吟味して記事を書くことがとても多いです。
僕のブログを訪れてくださる方は、どうせ簡素な手抜き記事など期待していないでしょうから
なおさらその傾向は強まる一方だったりします。
伝えたい何かを、確実に伝える。
それが目標であり、ポリシーでもあるのです。

ともかく、明日から書く「MAMA ALWAYS TOLD ME」は、短くありません。
先に詫びときます。
でも今僕が吟味して書くに十分値するテーマだと思っています。
その点をお伝えしたく、珍しく「序の口」をしたためました。

いろいろと思うところはございましょうが、まずはお付き合い下さいませ。
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by hinemosunorari | 2007-12-02 00:48 | 日々のよしなしごと | Comments(7)