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MAMA ALWAYS TOLD ME(1)

そんな風に本番中に何度も携帯が鳴るのは珍しいことだった。
電話とは不思議なもので、例えマナーモードにしたとしても、
十分持ち主の注意を惹き付けるのだ。

その時の僕は、千葉県文化会館で自分の抱えているコンサートツアーの、
年内最後の本番中だった。
どんな些細な要因であれ、集中を欠いた本番などしたくなかった。
予めマナーモードにしてはいたのだが、振動音が気になって電源を切った。

昼の部の終演後、電話を確認すると留守電が数件残っていた。
実家で両親と暮らす妹からだった。
普段はたいして連絡を取らない近親者から、こう何度も電話があるなんて、
きっとロクな報せではないと思った。
そして、直感は見事に的中した。

サービスセンターに電話をして、伝言を聞く。
メッセージが記録された日時を告げる、無表情な合成音声に続いて耳に入ってきたのは、
多分はじめて耳にする切迫した妹の声だった。
その、どうにかこうにかして絞り出した声が、僕に重大なニュースを知らせた。

母が高所からコンクリートの上に転落したこと。
頭部を強打していて脳内に出血が見られるため、
そのまま集中治療室へ搬送されたこと。

なんて事だ。
1時間後にはコンサート夜の部の本番がある。
タレントは間もなく化粧に入るし、会場の外には大勢のお客さんが列を作って待っている。
自分が責任を持ってやっているショーだから、僕の代役などいるはずはない。
会場を去ることなど、到底考えられなかった。

僕はひとりになれる場所に行き、温かいコーヒーを飲みながら考えた。
母は決して若くはない。
だが、頭を打ったからと言ってそれが死に直結するわけでもない。
必要以上に絶望したり興奮しないように、まずは自分をどうにか冷静にコントロールすることが、
一番重要だった。

脈拍がいつもより早いのが自分でも分かる。
知らずに力一杯握りしめていた手の平は、じっとりと汗で湿っていた。
落ち着こう。
艦長が航海中の自分の船を放りだして家に帰るだろうか?
それと同じで僕にとっても目の前のショーが全てなのだ。
「まず、仕事を片づけよう。」
こういう結論は頭では分かりきっていたのだが、時間をかけて本当に決意することが出来た。

そして、時間は来てショーがスタートし、僕は集中してやり遂げた。
今年最後の本番と言うだけあって、タレントもバンドも観客も我々スタッフも、
とても気持ちの入った素晴らしいショータイムだった。

終演。
客席の照明を全灯させる自動ボタンを叩きながら、
同室していた上司に緊急事態を告げ、撤去作業一切のことを頼むが早いか、
僕は上着と鞄を掴んでタクシー乗り場へと全力で走り出した。
何故か耳の底の方で、ガキの頃に母に怒鳴りつけられた時の、
僕の名を呼んで叱る母の声が、何度も何度も繰り返し響いていた。
Commented by ☆ふーが at 2007-12-03 01:26 x
同じようなことがあったので、とても人事とは思えません・・・・
Commented by ふた at 2007-12-03 11:25 x
この歳になると両親の大事さも解り、また、気付くのが遅すぎた事を悔やむ歳とも
思ってます。
この日記をまだ書けていると事は、大事に至らなかったのでは無いかと思いつつ
このコメントを書いております。
Commented by あんこ at 2007-12-03 19:57 x
え。。。うちも、何度か経験してきた。。。
クルルでの報告ができるということは。。。。。と、信じたいです。。。
Commented by スシファイ at 2007-12-03 21:52 x
いやーーーーー、本当にいつも怒鳴りつけられてたけど・・・。マジで?おふくろさん大丈夫?
Commented by きゅび at 2007-12-04 23:03 x
■ふーがさん 
 そうだったのですか><;
 報せを聞いた時には、こちらが生きた心地がしませんでしたよ><;
■ふたさん
 担当医は単純に、奇跡だと言っていたよ。普通ならまず死んでるって。
 ま、追々書きますけどね^^;;
■あんこさん
 ご心配をおかけしております。命に別状はないですよ^^奇跡的に。
■スシファイさん
 最近じゃめっきり怒らなくなったからさ、ちょっと寂しい気もするねw
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by hinemosunorari | 2007-12-02 22:26 | 日々のよしなしごと | Comments(5)

洒落と知性と愛そして無駄の織りなすブルース。


by きゅび
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