チクチクしてイヤ。

「チクチクしていやーっ!」とブラウン管の中の少女が叫んでいたのは、
毛糸洗いに自信がもてるようになるアクロンのコマーシャルだっただろうか?
僕も小さい頃はタートルネックのセーターなどはチクチクして嫌だったが、
加齢するにつれ、冬場はもっぱらタートルネックを多用するようになった。

さて、のっけから話が思わぬ方向にカーブしてしまったが、
僕にとっての「チクチクした思い出」は、実はもうちょっと切ない。
こういう場合、だいたい皆さんにとってはハナクソ程度の話だから、
軽く聞き流していただきたい。

**********************************************

さて、「政夫」をご存じだろうか?
どうせ知るはずもないから、まずはこれから話すとしよう。
あれはたしか1989年か90年の頃だと思う。
高田馬場駅から大学へ向かう通学路で、僕たちは出会った。
春を前にしたちょうど今頃だったと思う。

そのころの僕は、つき合っていた女の子と上手くいっていなかった。
彼もたくさんの仲間からはちょっと離れた場所にいる事が多かった。
知らず知らずのうちに僕たちは互いに惹かれあい、互いを深く知るようになった。

6月。梅雨独特のしとしと降る雨が街を濡らす頃、
僕たちは生活を共にしていた。
僕は当時十条という下町に部屋を借りていた。
その部屋に、政夫が転がり込んで来たと言う事だ。

政夫とは夜な夜な、多くの事を語り合った。
社会問題、文学の事、人生の事、バスケットボールの事、友情の事、女性との事。
僕は酒を片手に。彼は酒をやらない奴だったからたいていミネラルウォーター。
明け方までいつも話し込んだ。
最後は酔っぱらった僕の、ただの愚痴になってしまう事がほとんどだったが、
政夫は文句も言わずに良くつき合ってくれた。

ある日、たまたま一緒に見ていたテレビ番組で、サボテンを使った興味深い実験を放送していた。
植物には人間で言うところの「脳波」があり、人が話しかけてやると
それがきちんと脳波に反映されるというものだった。
また、毎日定期的に語りかけてやるサボテンは、毎日罵倒したサボテンよりも良く育ち、
ずっと無視を続けて放置していたサボテンが最も早く根腐れを起こした。
「人間の男と女も、似たようなものなのかもしれないな。」
二人でえらく共感したのを覚えている。

僕と政夫は、非常に多くを共有した。
時間も思考も互いの愛情も。
だけど、愛の終わり方は、突然だった。

八月。僕はバスケットの合宿で約一週間、部屋を留守にした。
留守は政夫に任せた。
荷物を抱えて出てゆく僕を、政夫は窓辺に座って風を浴びながら、
とても気持ちよさそうに見送ってくれた。

それが、最後だった。

一週間後、僕が帰宅すると部屋は荒れ放題だった。
窓は開け放たれたままで、数日前に襲った台風の豪雨がそのまま部屋を洗っていた。
「政夫!政夫っ!」
僕はずぶ濡れの部屋よりも、政夫を最初に捜した。
「どこだ?どこに居るんだ?政夫っ、返事をしてくれ!」
叫んだところで、政夫の声は聞こえない。
「なぁ!出てきてくれ!俺を独りにしないでくれーっ!」

一生懸命捜したが政夫は二度と僕の前に姿を見せなかった。
寂しかった。
チクチクしたひげの痛さが恋しかった。

今となっては後悔する事しかできない。
何故、独りで歩けぬ政夫を窓辺に置き去りにしてしまったのか?
何故、部屋の窓を開けたままで合宿に出てしまったのか?
「政夫・・・すまない。
 甲斐無い俺を、許してくれ。」

**********************************************

今でも、花屋さんでサボテンの鉢植えを見ると、つい習慣で語りかけてしまう。
「政夫・・・台風で飛ばされて、随分怖い思いをしたんだろ?
 本当に俺が悪かった。許してくれ。」、と。

まさおーーーーーーーーーーーっ!! かんばーーーーーーーーーーーっく!!!!




あの、三〇〇円くらいで売ってる小さいサボテン。
「政夫」って名前をつけて呼んでました。
いいじゃねぇか、別に。
実話ゆえ、ご批判は受け付けません。あしからず。
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Commented by 夏草 at 2007-03-06 02:31 x
「政夫」=例の「まさお」だってことに、中盤になってやっと気付きました(笑)
も~う、途中まで力入れて読んでたのになぁ(≧m≦*)
でも、「チクチクしたひげの痛さが恋しかった。」は・・・・何も知らずに読んでた人はあらぬ想像をしてしまいそうですね(=▽☆)あはは♪
Commented by uribo at 2007-03-06 08:09 x
きゅび文学の世界に迷い込みました。政夫、十条のアパート、豪雨に洗われた部屋・・・どんどんイメージが出来上がった・・・その時に、気が付きました。チクチクがサボテンだと・・・またやられたぁ!!!また楽しみにしています!!!
Commented by 高摂 at 2007-03-06 10:07 x
夏草さんおっしゃる通り、あらぬ想像をしてしまいましたよ。まあ、きゅびさんのことですから何を起こしてもおかしくはないと読み流しましたが…
私も政夫と暮らそうかなあ…
Commented by きゅび at 2007-03-06 11:51 x
■夏草さん
 ( ̄ロ ̄;)しまった!
 そういえば、サボちゃんのお話の時に、まさおのことを話してましたよね!!
 オーマイゴット!とんだネタバレでございました。オソマツ!
■uriboさん
 をー!書けましておめでとうございます^^v
 あらためて「きゅび文学」と言われますと、ヒジョーに照れくさかったりします^^;
 肩肘張らずに、ホントお茶でもズーズーすすりながらお付き合い下さいませ^^
■高摂さん
 ふふ。狙いです。狙い^^
 ただ、「何を起こしてもおかしくはない」と言うのはやめてください。
 ガラスのハートが傷つきますから!
Commented by あんこ at 2007-03-06 12:12 x
きゅびさん・・・・あたしに何て言って欲しい?天然から送る言葉・・・・
今度は“あんこ”を育ててみて~ヽ( ̄∀ ̄)ノ
Commented by ふた at 2007-03-06 12:47 x
小松?かと思ったよ。親分さんってね。
Commented by カト at 2007-03-06 13:47 x
ふっ、( -_-)うちにも居ましたよ彼氏が・・・、名は剛士。
姉に紹介されました。半年ほど付き合いましたが、
きゅびさんと政夫さんの様に、深い愛情の繋がりは有りませんでが、
俺が名前を書いたパンツを大事にはいてくれていたのは嬉しかったな。
でも、最後はそのパンツをおいて出て行きました・・・。
ええ、もちろんサボテンの話ですよ。

サボテンって、名前付けたくなるよね^^
今は子供の名前考え中!
Commented by マキ at 2007-03-06 13:51 x
痛い?思い出だね。
でもこれで学習したってことで、生き物(すべての)は大切するってことを教えてくれたんだね。
って、まじめにコメントしすぎ?
Commented by アルピニア at 2007-03-06 21:39 x
私も、途中から気づきましたよw 
しかし、サボテンの政夫くん・・、ここまできゅびさんに想ってもらえて、最後まで幸せだったのではないでしょうかw
サボテンと愛を育むきゅびさん、、、やはり並大抵の人じゃないですなw
Commented by きゅび at 2007-03-06 23:56 x
■ふたさん
 懐かしい引き出しだなぁ。植木等・伊藤四朗・小松政夫あたりのスタンダップ・コメディは
 個人的に非常に大好きなジャンルでございました。
■カトさん
 うはは!話の分かる人がいて嬉しいよ!
 ところで子供の名前、あんまり考えすぎると決められなくなるよー^^
 健闘を祈る!
■マキさん
 ( ゚∀゚)・∵,ブッ!!真面目にコメントしすぎ?・・・と気にする人は初めてかもしれません。
 良いではないですか!例えサボテンだって、人格はあった(と思いこんでいる)
 んですから!どうもありがとうございます^^
■アルピニアさん
 ( ̄ロ ̄;)アルピニアさんにも政夫の事を話してましたか・・・・(o_ _)o ドタッ
 政夫の良いところはね、愚痴でも何でもずっと黙ってつき合ってくれたところ。
 でも、考えてみたらしゃべられた日にゃ、驚いて越し抜かすのはこっちですね^^; 
 
Commented by ふた at 2007-03-07 11:42 x
しらけ鳥が飛んでいく~♪
Commented by きゅび at 2007-03-09 21:36 x
■ふたたび、ふたさん
 ♪南のそぉらぁへー、みじめ。みじめ。
by hinemosunorari | 2007-03-06 00:19 | 日々のよしなしごと | Comments(12)

洒落と知性と愛そして無駄の織りなすブルース。


by きゅび
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