銀次のこと。(六)

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銀次を再び家へ連れて帰った夜、その晩はずっといっしょに遊んだ。
食欲も普通にあった銀次は、ややもするとまるで普通の仔猫に見えた。
「銀次!」 「にゃー!」
「お手!、、、、いててて。引っ掻くなよ。」
「銀次、ジャブ!ジャブ!」 「にゃー!」 パシパシと小気味よいパンチを繰り出す銀次。
「銀次、シッポ!」 「にゃー!」 パタパタと元気に尻尾を振る銀次。

銀次の「お手」は、通常犬がよくやるお手とはちょっと違う。
どちらかというと、差し出された手のひらを引っ掻く動作に近い。
上手く出来るときもあったが、その日の力加減によって、
単に引っ掻くだけで終わることがほとんどだった。

「ジャブ」は、お手よりも先に覚えたような記憶がある。
指でじゃれ付きながら、先に銀次の頭を2、3発小突くと、銀次は戦闘モードになって
目の高さにターゲットが来ると、パシパシといいジャブを放った。

「シッポ」は一番の得意技だった。
機嫌が良い時はもちろん、機嫌が悪くても、怒られてしゅんとしている時でも、
「銀次、シッポ!」というと、「仕方ないわね」というような面持ちで、
飽きもせずに尻尾をパタパタと振ってくれた。
この仕草がいかにも利口な銀次をよく表現していて、とても好きだった。
彼女としても、ちょっと尻尾を振るだけで僕が大喜びするものだから、
仕方なくその場をしのぐ時などは、きっと重宝していたと思う。

そして、どんな芸よりも銀次は呼べば必ず返事をしてくれた。
その確かなコミュニケーションが、猫というよりも一人の人格のようで、
僕はたまらなく大好きだった。

一通り遊んだあと、彼女に食事を与えた。
朝に一度危篤状態になったという銀次は、それでも好物のキャットフードをよく食べた。
その姿を見ながら、時間がこのまま止まってしまえばいいのにと思った。
食事の後、自分はシャワーを浴びて、銀次は熱いタオルで身体を拭いてあげた。
腕とお腹以外は、傷一つない綺麗な美しい身体だった。

その日の晩、僕は決心を覆した。
銀次を引き取ると心に決めたときに、
何度か処分しようと思っていたけど、捨てられなかったものがある。
寒い冬の夜に銀次が入っていた、小さな段ボール箱。
母猫との記憶をつなぐものがあるとすれば、手元にあるのはそれだけだった。
きれいに拭いて、中に僕のバスタオルを敷き、銀次を入れた。

とてもおとなしかった。
疲労と、満腹とで、銀次はすぐに眠りに就いた。
このダンボールの小箱から全てが始まったことを、覚えているだろうか。
彼女の寝顔は健康状態とは裏腹に、見たこともないほど安らかだった。
きっと、素敵な夢を見ているに違いない。

箱を移動させて、起こしてしまうのがためらわれた。
そこで僕は、銀次の体調が急変したらすぐに対応できるように、
彼女のそばに炬燵を移動させて、
本を読んだり、安らかな寝顔を見たりしながら過ごした。
眠るつもりなど全くなかったのだが、僕自身昨日からほとんど寝ていなかった。
精神的に大きく動揺したことや、銀次の容態が比較的落ち着いていることも手伝って
明け方、ほんの少しの間ウトウトしてしまった。

「きゅびさん、こんばんは。」
「銀次?銀次か?」
「ふふふ。『銀次』、ねぇ。
 素敵な名前付けてくださって、どうもありがとう。」
「いやいや、その件に関しては、本当に済まなかった。 この通りだ。許してくれ。」
「いいのよ。謝ったりなんかしないで。
あたし、これでも結構気に入ってるんだ。『銀次』って名前。
きゅびさん、いつも愛情込めて呼んでくれてたでしょ? 
 あたし、嬉しかったもん。
それにまぁ、他の名前って知らないしね。
何よりも名前がないあたしに、ちゃんとした名前をつけて可愛がってくれたんだもん。
あたし、じゅうぶん幸せだったわ。」

「そんな死んじまうみたいな言い方しないでくれよ。
 銀次、絶対によくなるって!」
「ううん。あたしはきっと、もうだめよ。
 自分のことだから、よく分かるわ。」
「何言ってんだよ。
 最初に会った時だって、死にそうになったけど頑張って生き抜いたじゃんか!
 また一緒に頑張ろうよ!」
「きゅびさん、あたしは今朝の頑張りでもう精一杯よ。
 でも、だからこうしてまたきゅびさんに会えたんだもん。大満足よ。
 きゅびさんもあたしの頑張り、もうちょっとほめてよね。」
「バカヤロウ、銀次。」

「きゅびさん。
きゅびさんが言うみたいに、あたし確かにあんまり恵まれた猫じゃないかもしれない。
 それでもあたしね、きゅびさんに出会えて本当に本当によかったと思ってるのよ。
 あたし、他の猫が一生かかっても味わえないくらい、幸せだったわ。
 本当にどうもありがとう。
 きゅびさんが一生懸命世話してくれたり、一生懸命可愛がってくれたり、
 一緒になって遊んでくれたりしたこと、あたしずっと忘れないから。
 ずっとずっと、忘れないから。」
「バカヤロウ!銀次っ!」

目を覚ますと、銀次は小箱の中で動かなくなっていた。
「銀次!!」
泣きながら持ち上げてゆすってみたが、何の反応もなかった。
先生から教わった蘇生法を試みながら、病院に連絡をして、
銀次を懐に抱いたまま病院へ急いだ。

まだ空の暗い時間だったけど、先生は全力で治療に当たってくださった。
何度目かの電気ショックで銀次は一度だけ蘇生した。
強心剤を打ち、点滴で血圧を保ち、心臓マッサージを繰り返す。
その目に光が戻った一瞬、正面にいた僕と目が合った。
銀次に見えていたかどうかは分からないが、確かに僕達の目は合った。
「銀・・・・」
「にゃぁ」
彼女は振り絞るようにして短くないたあと、僕を見ながら尻尾を数回パタパタと振った。
そして、それっきり本当に動かなくなってしまった。

病院の窓が水色に明るく染まりだした。
新しい一日が動き出そうとしている中、銀次の短い生涯は終わってしまった。

これが、僕が記憶している銀次のこと、全てだ。
銀次が本当に幸せだったのかどうかは、彼女じゃなきゃ分からないと思う。
とても利口なやつだったから、心配をかけぬようにわざわざ夢の中で、
お世辞半分の挨拶してくれたのだと思っている。

ペットって何なのだろうと思う。
幸い、僕のブログには現在ペットを飼っていたりとか、昔飼っていたという方が多い。
是非、一緒に考えていただきたい。
今、僕の足元にはジルがいて、構ってもらえないものだから、
低く唸ったり、僕の足を踏んづけたり頭突きしたりしている。
とても愛くるしいバカ犬で、かけがえのない家族の一員だが、順番どおりに行けば
そう遠くない将来にジルとの別れも必ず訪れる。

僕らよりも後に生まれてきて、僕らよりも先に生涯を閉じる。
それはまるで、自分の生涯の全てを僕ら人間に晒すことによって、大切な何かを、
僕らが日常忘れてしまっている掛け替えのない大切な何かを、
無言のうちに教えてくれようとしているように思えてならない。

こういう僕も、この記事を最初に読む僕の嫁も、
そして有難いことに最後まで読んでくださったあなたも、
誰一人例外なく遅かれ早かれ、いずれはこの世を去る。
こんなネット上の仮想空間で言ったところで、どれほどの説得力を持つかは分からないが
僕は生きている間に(家族やジルを含めて)一人でも多くの方と、
心の奥深い部分で接していきたいと心から思う。

そして、叶うならばこういう先立つ者の想いを、
もうすぐ産まれる我が子にも伝えることが出来れば、
生命にタイムリミットがあるということも、悲しいけれどもまんざら悪いものでもないと思う。

そうだろ、銀次。




」」」」」当時のコメント」」」」」

vmayo 銀次はきゅびさんに愛されて、本当に幸せだったと思いますよ!
私はペットを飼ったことはないけど、ペットは人に愛するという気持ちを教えてくれると思います。そして命の尊さも。でも、最近ペットの虐待が多くてとても痛々しいですよね。可哀想で可哀想でしかたがないです・・・。
2005/02/13 14:55

きゅび
■vmayoさん
 銀次の記憶を共にたどって頂けたかたにそう言ってもらえるのは
 とても嬉しいことです。
 動物の虐待問題にしても、確かにとても胸の痛い問題ですね。
2005/02/13 16:08

スシファイ うーん。ヴィヴィアン・ド・イワミフジが死んだ知らせは職場で親父からの電話受けたんだよ。職場だったけど涙が止まらなくなっちゃったもんなあ。職場の上司とか先輩が見て見ぬフリしながら電話の応対やら仕事こなしてくれて有難かった。で、家帰って亡骸見て泣いて、焼いたときも泣いて・・・おふくろはペットロスになったしなあ・・・まあショックでかかったなーー。 ()
2005/02/13 18:42

kissme0726 かわいいにゃん・・(=^. .^=)ミャー♪ σ(・_・) ワタシのアバもネコまみれ・・・(-。-) ボソッ
2005/02/13 19:03

きゅび
■スシファイさん
 連休中、毎日読んでくれて有難う。
 15年前のあの頃は表には出せなかったけど、
 本当はこんな感じでそれはそれは落ち込んでたんだ。
 だから、イワミフジのこともおふくろさんのこともよく分かるよ。
 そしてジル。バカだけど一緒にいられるこの時に可愛がってやらなきゃね。
■kissme0726さん
 そうでしたっけ^^;今度注意してみて見ます。
2005/02/13 20:12

★アクアマリン 読みながら泣いてしまった・・・ 銀次はほんとうに幸せだったと思います
命は限りがあるから美しいし 必死に頑張れるんじゃないのかな?
ペットを育てるにはそれなりの覚悟が居ると思うのは私だけでしょうか?!
命を預かるのだから いい加減な気持じゃなく家族の一員として愛し、可愛がってあげて欲しいものだと心から願います・・・
2005/02/13 21:58

はむねこさん うー涙がとまらねー・・・(* ̄  ̄)・・・
ペットを買う時は、可愛いからって理由なんですが・・・
ずっと飼っていると・・・もう可愛いだけの感情じゃないんですよね・・・
何言ってるのかわかんねー・・・とりあえず、涙とまんね・・・(* ̄  ̄)・・・
2005/02/13 23:04

うさうさごん うちにもただかわいいというだけで、ペットショップの里親募集コーナーから連れてきたネコが3ひきいます。。。子どもの頃から動物好きだったのですが親が苦手ということでペットを飼った経験もなく、だからペットに先立たれるという経験もしたことがないのです、、。いつかこの子達も、、、と思うとなんともいえない感情が、、、
2005/02/13 23:27

きゅび
■アクアマリンさん
 そうですよね。覚悟、大切なことだと思います。可愛いだけでは済まされない、
 「覚悟」が必要です。銀次が僕に残してくれた問題に15年も経った今、
 こうして答えてくださる人がいることは、本当に有難いことです。
■はむねこさん
 はむねこさんはとてもやさしい人柄ですから、
 この連休3日間で15年前の僕の体験を、そっくり受け止めて下さったんですね。
 いつもいつも、本当に有難う^^
■うさうさごんさん
 うさうさごんさんなら、きっと大丈夫です。
 一緒にいられる時間、限りがありますから精一杯可愛がってあげてください。
 きっときっと、たくさんのことを分かち合えますよ^^
2005/02/14 01:14

如月煉 銀次様は、きゅび様に拾われて幸せに其の生涯を全うされたであろうと思います。
あたしも動物と塒を共にする身で御座います故…やはりこういう話を聞けば、目の奥も熱くなろうと言う物。
ただ、零す涙の量に適う大切な思い出も御座いましょう…
短き刻であろうと、銀次様が良い時間を過ごされたで在ろう事、胸が温かく成る心地。
―――内の殿も12才。心配な症状も在る故…覚悟、を再度胸に抱かせて頂きました。
2005/02/14 09:21

ririka34 (゚ーÅ) ホロリ・・・・・銀ちゃん・・・。安らかに眠って下さい・・・・
銀ちゃんの死はとても悲しく・・そして時に素晴らしい思い出・・・でもうん
銀ちゃんの残してくれたもの・・・・そしてジルちゃん、これから生まれる
輝かしい命・・・すべてがかけがえのないものなんですよね・・(=;ェ;=)
きゅびさんならば・・・大切な物・・子供さんに伝えて行くことができると
思いました・・・・・  素晴らしいお話し・・・どうもありがとうです・・
2005/02/14 13:37

m⇔k 。・゚・(ノД`)・゚・。
おととし、愛犬を亡くしました。息を引き取る時・・・そばにいてあげられませんでした。病院に連れて行こうと車を走ってとりに行ってたから・・・
銀ちゃんは・・・幸せだったでしょう。きっと。
でも・・・やはり生きていてほしかった。
2005/02/14 17:43

ryoma2005 一気に読みました。泣けました。銀ちゃんは、きゅびさんに拾われてよかったね。でも、悲しい。。。。
2005/02/15 00:32

deedee0727 いっぱい泣いてしまいましたぁ~~(●ToT●) シクシク
銀二ちゃんは短いけどすごく幸せな一生をすごせたと思います・・心から信頼しあえる人とすごせたんだからぁ・・でも・・もっともっともっと幸せな時間をすごしてほしかったよぉ~~(●ToT●) シクシク 
うちのにゃんこ達を今まで以上に大切にするぅ~~(●ToT●) シクシク
2005/02/15 03:06

@桃香 ペット・・いや家族ですね・・別れは必ずきますね・・桃もうちのペロといつか
別れがくると思うと泣けてくるんですが・・だけど言葉が話せない分・・
犬や猫でも、飼い主の気持ちって多分、すごく伝わってると思う・・・
目をみると、何を言いたいのか、わかるじゃないですか・・d(^-^)ネ!
だからこそ、今 そう毎日を大切に愛情をそそぎたいですね・・
2005/02/15 07:36

きゅび 嫁の出産と言う一大事がきゅび家を襲ったため、大変お返事が遅れてしまったことを、深くお詫び申し上げます。
■如月煉さん
 12歳だったのですか。
 でも煉さんのような思いやりのある方なら、殿も十分幸せかと思います^^
 つらい思いもさせてしまったかもしれませんが、
 最後まで読んでいただいてありがとうございました(*_ _)人
■m⇔kさん
 そうですか、だからいつもジルをたくさん可愛がって
 下さっていたんですね(つд<)・゜゜・。
 m⇔kさんのジルに抱いている愛情を普段から知っていたので、
 すごくすごく、切ない気持ちです。
 銀次もm⇔kさんに知ってもらえて、喜んでいることと思います。
■ryoma2005さん
 推定同じ世代かちょっと先輩のryomaさんに、
 銀次との思い出を共有してもらえるのは、とっても有難いことです。
 正直、銀次の一生はあまりにも救いのない生涯だったので、
 書き起こしていても僕自身、つらい気持ちで一杯になりました。
■deedee0727さん
 銀次のことを書きながら、何度かdeedeeさんのブログに行っては
 たくさん慰められていました。
 今回はあまりにつらいお話でしたが、deedeeさんがそう思ってくださるならば
 銀次も大喜びだと思います。
■桃香さん
 全く、その通りです。
 たとえ健康であったとしても、接していられるのは一生のうちの
 僅かの期間だけですからねぇ。
 そう思うと、ジルの馬鹿さ加減も全ていとしく思えます。
2005/02/16 23:50

☆やすたん★ 終わりがあるから美しく生きれて、思い出にも残る。当然なんだけどさ、なんか悲しいなぁ~。銀次もここまできゅびさんに思われて幸せだったろうし、今も幸せだろうねw
2005/02/28 03:03

きゅび ■やすたんさん
 なんか、他の人の話を聞いていると、ペットの最期に立ち会えなかった人とかが多くて、その点では僕も銀次も良かったよ。うん。
2005/03/08 15:36

☆ふーが☆ 全部読ませていただきました。涙がとまりません。。でも、銀ちゃんは、短い命でしたが、きゅびさんと出会えて幸せだったと思います。
2005/03/30 14:30

きゅび
■ふーがさん
 古い記事にコメントを書いてくださって、どうもありがとうございます。
 ふとしたことがきっかけで「小さな生命、それでも大切なんだよね」
 というテーマで記事を書こうと思ったんです。
 でも、銀次との出会いから別れまでの思い出は
 僕の中では鮮明すぎたのでしょうかね?
 せっかく読んでくださった方が僕と同様にとても悲しい思いをしてしまうという、
 すごい記事になってしまいました。
 それでも、こうしてふーがさんのように何かを感じ取っていただけたら
 銀次としても僕としても、とても有難い事だと、正直にそう思います^^
   
2005/03/31 09:17
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by hinemosunorari | 2005-02-13 13:36 | 日々のよしなしごと | Comments(0)

洒落と知性と愛そして無駄の織りなすブルース。


by きゅび
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