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世田谷線人情物語。

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僕が東京の下町気質あふれる新井薬師から、
高級住宅街風の世田谷のこの街に引っ越してきたのは、小学校3年の春ことだった。
校庭の桜にはまだ随分花が残っていて、春の風に桜が舞い散る中を
ぴかぴかのランドセルを背負った新1年生に混ざって、新しい学校に通った。
両親が新しい環境にと買い揃えてくれた真新しいカバンや真新しい靴で歩くのが、
新入生みたいでひどく恥ずかしくて、いっそうのこと泥でも墨でもなすりつけて
早く汚してしまいたいという気持ちでいつも一杯だった。

クラスの皆はどいつもコイツも上品な育ちのヤツばっかりで、最初はひどく馴染みづらかった。
はじめのうちは皆に溶け込もうと、僕なりに上品ぶった友達づきあいをしていたのだけど、
そんなのは、ちっとも居心地が良いはずがなかった。

そのうちクラスが一緒で比較的家も近い浩次と付き合いだすようになった。
浩次はなかなかいいヤツで、何度か殴り合いのケンカをするうちにとても仲良くなったから
最初の舎弟にしてやった。
「悪事千里を走る」なんていうけど、悪い噂が伝わるのは本当にとても早い。
学校じゃ大人しくしていたつもりだったのに、夏休みの頃にはすっかり僕は悪ガキの看板を背負っていた。

僕の両親は共働きだった。
朝は僕よりも早く会社に出かけていって、帰りは僕よりもずっと遅い。
そんな具合だから僕は、たとえ友達の前ではどんなにガキ大将ぶっていたとしても、
家の玄関を開ける瞬間には否応なく「寂しい鍵っ子」になってしまうのだった。
「ちゃんと勉強をして、いい学校に進学しないと、幸せになれないよ」
これが両親の口癖で、僕の成長と同じくらい、僕の通知表を気にかけていた。
大きなお世話だ。

何度か半ば強制的に進学塾に通わせられたけど、そのたびに浩次をそそのかして一緒にサボった。
僕にとっての塾は両親が帰宅するまでの間の、単なる時間つぶしでしかなかったから
勉強なんていうものはどうでもよかった。

そんな僕が悪ガキとして一線を越えずにグレなかったのは、ばあちゃんがいたからだと思う。
僕のばあちゃんは、家から世田谷線っていうたった2両編成の、
ちっちゃくてダサい電車の3つ隣駅に住んでいた。
ばあちゃんの旦那さん、つまり僕のじいちゃんは僕が生まれる前の年に病気で死んでしまっていた。
長いこと一緒に生きてきた相手が、いなくなっちゃったすぐ後に生まれた孫が僕だったってコト。

寂しかったのかな? 
ばあちゃんはこんなクソ生意気な僕でも、ものすごく可愛がってくれたし、
僕も僕で両親がいなくて寂しかったもんだから、
よく世田谷線に乗ってばあちゃんの家まで行き、晩御飯を一緒に食べたりとか、
お風呂に一緒に入ったりとかしてた。
家には誰もいなかった分、ばあちゃんのところに来ると
僕は典型的な甘ったれのばあちゃんっ子だった。

秋の運動会が近づいてきた頃だったかな?
ともかく「転校生」という肩書きが外れて、「悪ガキ」の看板がずいぶん馴染んだころ、
ばあちゃんに新しい環境でもしっかりやっている自分のたくましさを自慢したくて、
舎弟の浩次を連れて学校帰りにばあちゃんの家に遊びに行った。
浩次にはあらかじめ僕の武勇伝の数々をドラマティックに語るように、
前もって厳しく練習させてある。

3人で晩御飯を食べているときに、決して大袈裟にではなくそれでもしっかりと雄弁に、
ガキ大将の僕の武勇伝を語った浩次は、優秀だった。
練習以上の出来だった。
話の主人公の僕でさえワクワクして来るような、素晴らしい語り口だった。

浩次の話す、僕らと隣のクラスとの抗争話が佳境に入ったとき、
ばあちゃんは箸をおいて僕に言った。
「お前は本当は心根の優しい子なのだから、
 人様を傷つけるようなことは、もうしてはいけないよ。」
そして、ひどく悲しそうななんともやりきれない顔をして、台所に行ってしまった。

やりきれないのは、こっちの方だった。
孫が新しい環境でも強く生きていることを、少しは喜んでくれるだろうという僕の期待は、
見事に裏切られた。
そして、自分の考えがひどく浅はかで幼稚だったことに初めて気づくと同時に、
大好きなばあちゃんを悲しませてしまったことが、とてもとても悔やまれて、
その日の帰り道、僕は浩次の後頭部を張り倒しながら家に帰った。

ばあちゃんとの思い出で、忘れられないことがある。
僕が中学1年生になった頃だった。
図体はでかくなっても、ばあちゃんの前では相変わらず甘えん坊だった。
二人で買い物に行った帰り、世田谷線に揺られていたときのこと。
昼間はガラガラでも、夕方ともなると仕事や買い物から帰る人たちで、
車内は結構混んでいた。

僕は車両の後ろの方で、両手一杯の荷物を持って立っていた。
途中、目の前の席が偶然空いたので、そのまま座った。
ふと見ると少し向こうで、ばあちゃんは手すりにつかまって立っていた。
ほかの乗客に押されて何だか窮屈そうに見えたから
自分の荷物を足元において、ばあちゃんを呼んで席を譲った。

最初、ばあちゃんは「いいから、いいから。」っていって遠慮していたけど、
僕が袖を引いて半ば無理やり座らせると、「ありがとう。」といって席に着いた。
具合の悪くなっちまった足が痛かったのか、
それとも僕の予想外の思いやりがよほど嬉しかったのか、
何度も「ありがとう。」って言いながら、しまいには涙ぐんだ。
僕はそんなばあちゃんを見たの、初めてだった。

嬉しいのと誇らしいのですっかり照れてしまって、どうして良いか分からなくなったけど、
ばあちゃんの嬉し涙につられちゃったのかな。
結局、僕も一緒に電車の中で笑いながら泣いてしまった。

そんなばあちゃんが倒れたのは、僕が大学入試をしている最中だった。
連絡は取れたはずだったのに、僕の両親はテストに影響すると心配して
試験が終わるまで事を伏せていた。
ばあちゃんは病院に運ばれる途中も、うわごとのように僕のことを心配していたそうだ。
僕のことを案じる両親の言っていることも分かるが、
薄れて行く意識の中で愛する孫の名を呼ぶばあちゃんの胸中を察すると、
僕の胸は張り裂けそうだった。

入試会場からタクシーに飛び乗り、ばあちゃんが運び込まれた病院へ向かう途中、
ただただ、僕はばあちゃんの無事を祈った。
自分の寿命などいくら縮んでも良いから、その代わりばあちゃんを生かしてほしかった。
神様なんて一度も信じたことがなかったけど、真剣に真剣に祈った。
通り過ぎる神社の社に、通り過ぎる教会の十字架に
手の中にあるばあちゃんが買ってくれた合格祈願のお守りに、必死で祈った。

結局僕は、ばあちゃんの最期には間に合わなかった。
病院に着くと父さんも母さんも、駆けつけた親戚たちも、みんな泣いていた。
聞けば、最後まで僕のことを心配していたそうだ。
「ごめんな、ばあちゃん。最後の最後まで心配させちまってさ。
 俺、父さんや母さんやばあちゃんに言われたとおり、
 ちゃんと勉強して、大学の入試してきたよ。
 結果はわかんないけど、もうばあちゃんに2度と心配なんかさせなから
 もう一回目を覚ましてよ。もう一回呼んでくれよ。」
声に出したとたん、涙が止まらなくなった。

そしてその春、ばあちゃんはいなくなって、僕は大学に合格した。

僕も今じゃ二十歳になった。
大学で好きな研究が出来るということは、とても楽しい。
卒業後は大学院に進んで更に研究を続けるつもりだ。
毎年、受験の季節になると僕は、人を思いやることの大切さを教えてくれた、
ばあちゃんのことを思い出す。

僕は、ばあちゃんから受けた優しさを、ばあちゃんに返せなかった。
だからせめて、昔教わった「人を思いやる気持ち」は忘れずにいようと思う。
ラッシュの電車の中、席を譲った気持ちを忘れずにいようと思う。
そうすることが、ばあちゃんが生きている間に僕に教えてくれた、
一番の宝物だと思うから。

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世田谷線は、きゅびの住む世田谷区の要衝である三軒茶屋と下高井戸を南北に結ぶ
全行程約5キロ、時間にして20分足らずの、とても小さくてローカルな電車です。

先日友人宅での新年会に参加するため、10年ぶりくらいに乗車しました。
きゅびは空いている車内で座って文庫本を読んでいました。
途中、三軒茶屋から3つ目くらいの駅で一人のお年寄りが乗車してきました。
「あ、俺の前にきたら席を譲ろう」なんて思っていたのですが、
きゅびの前の大学生風のお兄ちゃんと、きゅびの斜め前のOL風のお姉ちゃんが
お年寄りが乗車したらすぐに席を立って「どうぞ、お掛けになってください」と席を譲ったのです。
お年よりは「いやぁ、すぐに降りますから」と遠慮していたのですが、
「それでしたら僕も一緒ですから、どうぞお掛けください。」とお兄ちゃんは席を譲りました。

東京に住んでいると、他人を思いやる気持ちを忘れてしまいがちです。
日常は忙しく、仕事はてんこ盛りで、
TVのニュースではろくでもない事件ばかりが報道される中、
ちっぽけなローカル線でのそんな優しい出来事が、とても美しく、印象的でした。
排他的で他人行儀だなんていわれる東京人ですが、
もともとはとっても人情深く、頼まれると嫌と言えない性分だったりもするのです。
そんな人情味のあるいい光景に久しぶりに出会えました。

この話をその場限りのいい話ではなく、どうにかして心に残る印象的な話として伝えたくて、
勝手にきゅびの前に座っていたお兄ちゃん「僕」の人生を想像して出来たのが
「世田谷線人情物語」なのであります。
構想に24時間くらいかかり、ぷっつりと更新を途絶えさせてしまって、すみませんでした。
きゅびが味わった暖かい気持ちが、少しでも皆様に届けばと思います。

」」」」」当時のコメント」」」」」
vmayo じぃぃんときたのですが・・これ作り話ですか?!(l|゚Д゚l|l)
二十歳になったっていう部分で、あれ?と思ったんですけど・・やっぱり(´・ω・`)
2005/01/10 18:00

はむねこさん 同じく・・・ずっときゅびサンの思い出話だと思ってました・・・(´・ω・`)
や、でもそこまで素直に席を譲れる方なのですから、そのような事を考えさせてしまうのかもしれませんね♪
2005/01/10 18:13

きゅび
■vmayoさん
 いやぁ、やはり最初にネタばらししたほうがよかったのかなぁ^^;
 持ちネタが少ないので、半分くらいは実話です^
■はむねこさん
 そうなんです。あわただしい都会の生活で一服の清涼飲料のような
 とてもいい光景を目の当たりにして、思わず想像してしまいました。
2005/01/10 18:24

うさうさごん vmayoさんと全く同じコメントです・・・
でもよぃお話です、、、思いやりって大切ですもんね、、、
2005/01/10 18:57

ぴの彦 あははwすっかりやられました。「えっ!?きゅびさん20歳だっけ…!?」とスクロールさせるマウスの手が止まりましたw それでも、おばあちゃん子の私にとっては心に響くお話しでした(ノ´∀`*)
2005/01/10 19:26

きゅび
■うさうさごんさん
 とりあえず、きゅびは今度お年寄りと電車を乗り合わせたら、こちらから率先して
 席を譲れるような、ナイスガイになろうと思いました^^
■ぴの彦さん
 いやははは、やられてしまいましたか^^;
 大学生の人生と自分の人生を混ぜこぜにしちゃった手前、
 現実の話にもどすのが厄介でした。
 とりあえず、2日ほどブログしてなかったので
 これよりぴの彦さんの更新をチェックしに行こうと思います^^v
2005/01/10 20:57

ももこ姫。 (。-`ω´-)ンー  あたしもハタチ??ってとこで素になりました( ゚∀゚)・∵.ガハッ
いゃ、でもいいんです。興味深かったです。┏○ペコッ
2005/01/10 23:36

吉田主任 私は最後の3行まで・・・信じてました○| ̄|_ 5分間ボー然・・・きゅびさんて恐ろしいですね・・・・・
2005/01/10 23:51

☆やすたん★ いや、読み終わっても実話と信じてるのだが、信じてても大丈夫だよね?w
じゃないと、俺の流した涙の意味が・・・ (;: -仝-)
2005/01/11 00:30

きゅび
■ももこ姫。さん
 お久しぶりです^^この分だと完全復活も近いですね^^
 コメント、どうもありがとうございました^^v
■吉田主任さん
 ひゃー、裏切ってしまっていたら、すみません(_ _(-ω-;(_ _(-ω-; ペコペコ
 いや、こういう反響とは思いもしませんでした><;
■やすたんさん
 もう、平伏するより他に手立てはないようです(*_ _)人
 真偽は半々というところでしょうか?リアルっぽいところは実話ですし、
 うそっぽいところは想像です^^;
 どこがどうかは、ご想像にゆだねます(_ _(-ω-;(_ _(-ω-; ペコペコ
2005/01/11 02:31

三井花子 最後のトコを何回も読み返してヤット理解できました^^;
2005/01/11 07:40

ririka34 ジーンと来ました。。。おばあちゃんの涙・・・おばあちゃんが教えてくれた
事。ちゃんときゅびさんの心に届いていますね・・・忙しい日常の中でも
忘れてはいけない事ってたくさんありますよね・・・いや感動しました・・・
2005/01/11 09:58

m⇔k 泣けました・・・でもきゅびさんが20歳・・そこで涙引きましたププッ ( ̄m ̄*)
2005/01/11 18:04

えっとなんだっけ 俺です。名前忘れちゃった。こないだはCBお疲れ。あの後の料理はツナ(たんぱく質)が極めて少ないスパゲティでした。(T_T)あと、前回の話は続きません。
きゅびさんの過去を思い出して、ふーーーーーん。と思いながら読んでいたので、騙されたという印象が強いです。(^。^) ()
2005/01/11 19:27

azteca23 4分の3ぐらいは実話ですよね 子供時代の雰囲気がぴったり一緒でした
あたたかい気持ち届きました
2005/01/11 23:00

スシファイ さっきの「えっとなんだっけ」は私です。酔っ払っておりません。失礼(#^.^#) ()
2005/01/11 23:18

きゅび
■三井花子さん
 回りくどい文章で、手間取らせちゃいました><;修行しておきます<(_ _)>
■ririka34さん
 「ちゃんときゅびさんの心に届いていますね」の一言が、
 何よりも有難いお言葉で、うれし泣きです。
 心に響くコメントをどうもありがとう(*_ _)人
 いやぁ、何だこのブログ^^;
■m⇔kさん
 σ(・ω・。)の年齢に関するツッコミは、ほどほどでヨロシ(≧∀≦*)
■えっとなんだっけさん、改めスシファイさん
 「人を騙すときは騙しとおしなさい」と「女の言うことは聞け」が
 きゅびの母の格言です。
■azteca2さん
 鋭い読みです。細かいところまで吟味したのでしょうか?
 ほぼ、そんな感じです^^コメントありがとう^^v
2005/01/12 02:06

アストラッド 素敵なお話でした じーんと来ました 優しかったおばあちゃんを思い出しました^^
2005/01/17 02:19

きゅび こういうコメントのつき方、すごーく嬉しいです。どうもありがとうございます^^
後ほどご挨拶に伺います(*_ _)人
2005/01/19 00:06

osakaken おはようございます・・新年に相応しい・・そしてもうすぐ2番目の孫が生まれる私にとって・・とても大切な話でした。私も孫にきゅびさんのおばあちゃまのように ちゃんと教えて伝えて生きたいと思いました
2006/01/22 05:53

きゅび 古い記事にコメントしていただいて、ありがとうございます^^
osakakenさん、直接の面識があるわけではないですけれど、
そのお人柄は十分すぎるほど伝わってきます。
何のゆかりもない人たちからこれほど愛されるあなたが、
お孫さんに愛されないことなど、あり得ません。
心配する必要など、全くないと思いました^^v
2006/01/22 14:14
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by hinemosunorari | 2005-01-10 17:50 | 日々のよしなしごと | Comments(0)

洒落と知性と愛そして無駄の織りなすブルース。


by きゅび
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